2019/02/27

カナダの先住民居留地で成功しつつある野犬対策

このブログはタイトルの通り、アメリカの犬のことをメインに書いているのですが、今回はカナダのお話です。ちょっと例外。


カナダのシクシカ地区の野犬対策


(photo by SandeepHanda )



日本でも多くの地域で野犬の増加が問題になっていると聞きます。
そして絶望的に大きく失敗している広島を始めとして、何か効果的な対策を講じた自治体というのはまだ耳にしたことがありません(私の勉強不足で、有ったらごめんなさい。)

ここで紹介するのはカナダの先住民居留地での野犬対策です。
先住民居留地というのは、古い言い方ではカナダ・インディアン、現在はファースト・ネーションと呼ばれているカナダの先住民の人たちのために政府が定めた特別居住区です。
カナダ全体のファースト・ネーションの約半数の人々が居留地に住んでいるのだそうです。

その居留地の一つ、アルバータ州の都市カルガリーの東に位置するシクシカ居留地がこのお話の舞台です。

この地域の人々の犬との付き合い方は昔ながらの放し飼いです。犬の所有者はあいまいな感じで、犬たちは居留地の中を自由に歩き回り、地域全体でゆるーく犬を見ているというものだそうです。

しかし数百年前にファースト・ネーションの人々だけがこの地に住み、犬と共に狩りなどをしていた時代のようには、犬と人の共存は機能しなくなっています。

放し飼いの犬たちはあちこちで子供を産み、所有者のいない野犬となって増え続けてしまいました。
放し飼いの犬も野犬も一緒になってうろつき、ゴミなどを漁るようにもなりました。
そして2016年には子供の被害を含む、野犬による深刻な事故が相次いで、シクシカの法務機関が対策に乗り出しました。


Alberta Spay Neuter Task Force

自治体の機関が対策を立てるに当たって最初に行ったことは、先住民居留地の犬たちを専門にしている犬の保護団体『Alberta Spay Neuter Task Force=アルバータ避妊去勢任務部隊』(以下ASNTF)に連絡を取り相談することでした。

ASNTFは一般からの寄付金だけで運営しているNPOです。2008年以来、8つの避妊去勢専門クリニックを建てて安価な避妊去勢手術を提供し続けています。

ASNTFは自治体の依頼を受けて、パートナーとしてシクシカ居留地の野犬対策に立ち上がりました。

対策は、国際コンパニオンアニマルマネージメント白書が推薦する方法と、同団体の経験および専門知識に基づいて、5つのそれぞれに違う方向から立てられました。


・法による規制

これは犬に関する法律を作ることと、その法を執行していく組織を作ることの2つの柱から成ります。

シクシカ居留地内の犬は全て鑑札登録されることが義務付けられました。登録さえすれば今のところは、従来通り犬の放し飼いは認められています。
鑑札登録で個体識別がし易くなり、飼い主がいないことがわかった犬は捕獲して保護施設に入れられました。
法を執行する機関として動物ケア&コントロール官が制定され、上記の任務に当たっています。
ASNTFはこれらの活動の指導とトレーニングを提供しました。

・住民への教育

犬との付き合い方、飼育の仕方について住民の意識向上のための教育はASTNFが行いました。
地域のイベントにはブースを出して参加し、デモンストレーションを行いました。また地元の教育者と協力して学校のためのカリキュラムやプログラムを作成し実施しました。
大人向けの教育プログラムも作成し戸別訪問で野犬対策の説明なども行いました。

・避妊去勢の徹底

ASNTFはこの地区にも避妊去勢クリニックを開いて、住民向けに安価な手術を提供しています。
また犬の鑑札登録の際、犬が避妊去勢手術を受けていれば登録料が無料になるようにして、避妊去勢率を上げるようにしています。
所有者のいない犬たちも、保護施設で避妊去勢手術を受けます。

・保護施設への収容

鑑札登録をしていない犬、そして咬傷事故歴のある犬は保護施設に収容されました。
犬たちはここでリハビリテーションを受けて、新しい家庭へとリホームされます。
リホームが難しいと判断された犬は、別の協力保護団体のサンクチュアリ施設で生涯を過ごします。

・食料資源へのアクセスを制限

ASNTFは、放し飼いの犬たちには飼い主が決まった場所で決まった時間に給餌するようプログラムを設計しました。フードも保護団体から提供されます。
またコミュニティ全体に犬が荒らせないゴミ容器を設置し、犬が拾い食いすることを制限できるようにしました。
家庭で給餌されればゴミを漁らずに済むし、ゴミを漁っている時に人間に追い払われればエサを奪われると思って咬みつく事故にも繋がりますから、これは大切なことです。

(photo by Activedia )


成果

上記のような取り組みの結果、2017年は犬の咬傷事故は前年比32%減少しました。数字に現れている部分だけではなく、住民の多くが「以前よりも安心して道を歩けるようになった」と感想を述べています。

ASNTFはこの成果について「ただ犬を捕獲して収容するだけでも、避妊去勢するだけでもこの結果は出せなかったでしょう。多角的な方向から取り組むことが成功のポイントです。中でも住民への教育は我々の活動の焦点と言えます。」と述べています。


この多角的な方向からの総合的な取り組みというのは日本の(失敗している)自治体には見られないものです。
何もこれと同じ方法を取らなくてはいけないと言うのではありません。
けれども、自治体は何も新しいことに取り組まずに、特定の保護団体に機械的に犬を送り続ける方法では状況が改善しないことは明白です。

野犬と言えば、悪名高いのはロシアやルーマニアですが、伝え聞くところでは片っ端から殺処分するのが彼らの方法です。しかし野犬の問題が解決に向かっているとは言えないようです。
これらの国の野犬がたいへん危険なのは、人間から犬への暴力的な扱いも理由の一つではないかと思います。

シクシカ地区で咬傷事故が減ったのも、犬側の問題よりも人間への教育が功を奏したのではないでしょうか。
犬への正しい接し方を教育する一方で、この地域の昔からの文化である犬の放し飼いという部分には寛容であることも、この対策の注目すべき点だと思います。

文化や背景が全く違う外国のやり方を全面的に目標にするよりも、いろいろな事例をたくさん知って消化することは大切です。

カナダのこの例は、日本の自治体にも参考になるところが大いにあるのではないかと考えます。