2019/03/05

短頭種の犬たちの健全性と福祉のために、オーストラリアの獣医師が訴えること


前回の記事はカナダの話でしたが、今回のはオーストラリアの獣医師の話題です。
「アメリカの犬たち」という看板に偽り有りですみません😅



photo by StockSnap


短頭種の犬の健康問題

2008年にイギリスのBBCが『Pedigree Dogs Exposure』(NHK放送時邦題『イギリス 犬たちの悲鳴 ブリーディングが引き起こす遺伝病』)を放送して以来、行き過ぎた犬種スタンダードや犬の健康を無視したブリーディングのせいで、純血種の犬の間に生まれながらの疾患や障害が蔓延していることが知られるようになってきました。

オーストラリアでは2016年にRSPCA(王立動物虐待防止協会)と獣医師協会が共同で、短頭種の犬の健康問題についての啓蒙キャンペーンが行われました。
そして今年2019年の初頭に、科学誌『Animals』に9名の獣医師が連名で、短頭種の健康がどれほど害されているかを具体的に示した論文を発表しました。
短頭種の中でも特にその傾向が顕著なパグ、イングリッシュブルドッグ、フレンチブルドッグ、ボストンテリアが多く取り上げられています。

また科学誌を購読する層よりもさらに一般的な飼い主に声を届けるために、ネット上で一般向けの記事を書き、無料での再利用を許可しました。
その内容をご紹介していきます。

慢性的な呼吸困難

短頭種の犬の健康の問題の中でも、特に深刻で数も多いのが呼吸に関するものです。
「短頭種気道症候群」または「短頭種気道閉塞症候群」と呼ばれるものですが、英語の頭文字を取って以降はBOASと表記します。
短頭種の犬はマズルの長い犬に比べてずっと口の中のスペースが狭くなっています。そこに鼻、舌、軟口蓋、歯が押し込まれているため、自動的に気道が狭くなり、呼吸に影響を及ぼしています。
姿勢や運動などで十分に酸素が取り入れられないと、BOASが起こります。

BOASの主な症状は以下のようなものです。
  • ゼーゼーヒューヒューという呼吸音
  • 呼吸困難
  • 吐き気
  • チアノーゼ
  • 異常な体温上昇
  • 失神
気温が高くなると、犬は舌を出してハアハアすることで体温調節を行いますが、短頭種の犬がそれをすると上気道が腫れて呼吸ができなくなり、生命に関わるリスクが高くなります。
パグ、フレンチブル、イングリッシュブルでは、他の犬種に比べてこの上気道障害が起こるリスクが3.5倍にもなると言われています。
多くの航空会社が短頭種の犬の搭乗を断っているのはこのためです。

起きて運動している時だけでなく、短頭種の呼吸問題は睡眠中にも続きます。
気道が塞がるのを避けるために、座ったまま眠ったり、おもちゃなどを咥えたまま眠ったりする犬も少なくありません。短頭種の犬の約1割は口を開けたままでないと寝ることができないのだそうです。

呼吸の問題は酸素を取り入れられないだけでなく、二酸化炭素を十分に排出できないことにもつながり、血中の二酸化炭素濃度が高くなることでphバランスが崩れ酸性血症を起こす恐れもあります。


問題は呼吸だけにとどまらない



呼吸の他にも極端に短い頭蓋骨のせいで起こる健康上の問題があります。
外見からわかりやすいのは目の問題です。パグは目が飛び出しているので目を怪我しやすいというのはよく言われますが、短頭種の犬ではその顔の形状のせいで瞼を完全に閉じられない障害が起こります。それが角膜腫瘍の原因となり失明につながる場合もあります。
短頭種の犬700匹を対象にした研究では、31匹に角膜腫瘍が発見されたのだそうです。これは短頭種以外の犬の約20倍の割合になります。

顔周辺だけでなく、脊髄奇形や歩行障害も、これら短頭種の犬の大きな問題です。ブルドッグやボストンテリアのチャームポイントと考えられているクルンと巻いた尻尾スクリューテイルは脊髄の変形によって起こったものです。
またパグの3匹に1匹は神経障害から来ると思われる歩行障害があるという研究結果も出ています。この神経障害も極端に短い頭蓋骨から来ていると考えられます。

顔のシワは皮膚疾患の温床となりやすく、それを搔こうとして飛び出した目を怪我するという二重の弊害も起こりがちです。

出産時にもその頭蓋骨の形が問題になります。短頭種の犬の出産では帝王切開が一般的で、フレンチブルやボストンテリアでは約8割、イングリッシュブルドッグでは約9割が帝王切開となります。

短頭種の犬は麻酔時のリスクも他の犬種よりも高くなるのですが、皮肉なことに手術を必要とする事態が多く起こるのも短頭種の犬たちです。

身体的な問題だけでなく、短頭種の短い顔は行動上の問題にも繋がっています。
マズルのある犬が恐怖を感じた時や、相手に近づくなという表現で唇を持ち上げ歯を見せる表情、短頭種の犬は構造上あの表情ができません。
これは犬同士のコミュニケーションにとって大きな障害となります。

また顎の形のせいで咀嚼能力が低下しています。犬にとって何かを噛むことはストレス軽減にもつながる行動なので、犬のストレスコントロールにも影響を与えます。

これは2016年にRSPCAが制作した短頭種の犬の健康に警鐘を鳴らす動画です。
1:28で示される犬の頭蓋骨をみると、この形がいかに不自然なのかが良くわかります。
1:33で登場する100年前のパグとブルドッグの姿もご覧ください。
                                        

にも関わらず!短頭種は人気犬種

書いているだけで、短頭種の犬たちが気の毒で泣けてきそうです。
けれども、飼い主でさえこれらの健康問題がここまで深刻なことだと知らなかったり、犬が変わった座り方をしたり不器用に歩く姿を「かわいい」で済ませて障害だと気づいていなかったりする例も少なくないのです。

そして新しく犬を飼おうとする人が、パグやフレンチブルの愛らしい顔に魅せられて購入するために、山のような健康問題を抱えた犬が次々に繁殖されています。

イギリスのケネルクラブUKKCでは2007年から現在までの間に、フレンチブルドッグの登録数は3104%増、パグは193%増、イングリッシュブルドッグは96%増になっているそうです。

オーストラリアのアANKCでは、フレンチブル11.3%増、パグ320%増、イングリッシュブルドッグ324%増となっています。

さらに購入者の好みは「より鼻ペチャで、より小型の犬」というトレンドを作り、商業ブリーダーがそれに応えて、より多くの健康問題を背負わされた犬を作り出しています。
                                
短頭種の中でも特に問題が顕著なパグ、フレンチブル、イングリッシュブル、ボストンテリアが話題の中心になっていますが、キャバリアキングチャールズスパニエルやペキニーズなど、他の短頭種の犬もここに挙げたような問題に無縁ではありません。

獣医師に期待される役割とは

Animals誌に論文を発表した獣医師たちは、獣医師なかでも開業医にとって、特定の犬種の問題を大きく取り上げることの難しさを指摘しています。

その難しさを一言で言えば「顧客が離れてしまう」これに尽きます。
病院に来る犬の中には当然短頭種の犬たちもたくさんいます。その飼い主さんたちにすれば、ここに書いたようなことを突きつけられれば、責められているような気持ちになったり、不快に思う人もいるでしょう。
それで多くの顧客が離れてしまえば、開業医などは死活問題です。

論文の著者である獣医学博士たちは、豪ニューサウスウェールズ州の獣医師の宣誓文を引用しています。
「動物福祉、動物と人間の健康、獣医療サービスの利用者と地域社会の利益のために獣医科学を倫理的かつ良心的に実践する」
この宣誓に基づいて、ブリーディングが原因で起きる犬の健康問題を指摘し、改善に手を尽くすことは職業上の義務であるとしています。

具体的には、これから犬を飼おうという人へは教育やアドバイスを。
短頭犬種の飼い主に対しては、すべての病気や障害の可能性を伝え、ライフスタイルの改善や予防のアドバイスをすること。そしてアクシデントで妊娠が起きないように避妊去勢処置を勧めること。

顧客に短頭種のブリーダーがいる場合には、健全なブリーディングのための教育や指導を行うこと。
ブリーダーが非協力的な場合、獣医師はケネルクラブと協力しての介入が可能なのだそうです。

短頭種の犬の他にも

人間が「愛らしい」と思う姿に近づけるために、犬としての健全性を犠牲にされている短頭種の犬たち。

彼らはあまりにもその問題が数多く顕著なために、行き過ぎた犬種スタンダードの代表的な例としてしばしば取り上げられます。
けれど短頭種だけでなく、バセットハウンドやダックスフンドの長い胴、ジャーマンシェパードの極端に傾斜した背中など、機能を無視した犬種スタンダードの犠牲になっている犬は多く存在します。

また猫ではスコティッシュフォールドは、人間が作り出した悲劇の最たるものです。
折れ曲がった耳が可愛らしいからと、折れ耳の猫を選択して繁殖させ猫種として固定させたものです。
しかし折れ耳は遺伝子の変異で起こった軟骨の奇形であり、その影響は耳だけでなく手足にも現れ、歩行障害や痛みに生涯苦しむ猫を作り出す結果になりました。

この問題について知る人、考える人が1人でも多く増えていくことを心から望みます。
一朝一夕に片の付く問題ではありませんが「可愛いからと言って何をやってもいいなんてことはないんだよ」と声を大にして伝えたいと思います。


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