2021/08/29

グレインフリーフードと心臓病に関する新しい論文

                               Image by Daniel Dan outsideclick from Pixabay


皆さま覚えていらっしゃるでしょうか。グレインフリー(穀物不使用)のドッグフードが犬の拡張型心筋症と関連があるかもしれないという報道と、それに対して私がよく腹を立てていたことを。


 2018年にアメリカ食品医薬品局(以下FDAと表記)が犬の拡張型心筋症(以下DCM)の増加と豆類、ポテト類を使ったグレインフリーフードに関連があるかもしれないという発表を行い、大きな話題になりました。

ブログ記事 FDA警告とグレインフリーフードと心臓病


同じ件に関して翌年2019年にはFDAが具体的なブランド名を発表して、賛否両論を巻き起こしました。

ブログ記事 FDAからの情報更新、グレインフリーフードと心臓病


警告だとかブランド名発表などで消費者を大きく不安にさせたにも関わらず、グレインフリーフードとDCMの関連を示す証拠は何もなく、発表の根拠となった症例も524件と非常に少ないものでした。(その後、追加の報告で約1100件になっている)

そして2021年8月、この件に関してアメリカのタフツ大学獣医学部の研究チームによるリサーチ結果が発表されました。

https://www.nature.com/articles/s41598-021-94464-2

2019年の発表の際に犬のDCMに関連する可能性が指摘されたブランドのフードについて、従来の調査方法ではこれらのフードと病気の関連性が説明できませんでした。今回はメタボロミクスを応用した分析方法で以前に名指しされたブランド9種と比較のための他ブランド9種が調査されました。

ブログタイトルはグレインフリーフードと書きましたが、今回の報告ではグレインフリーは問題となっていません。豆類、ジャガイモ、スイートポテトを焦点にしています。


2つのグループのフードをメタボロミクス分析

                               Image by Sue Lee from Pixabay 


2019年のFDAの発表では、DCM診断と報告された犬が食べていたフードを調べ10頭以上の症例があった16種のブランドが公表されました。今回はその中から9種が選ばれ分析の対象となりました。
選択の基準はフードの原材料上位20種の中に豆類、ジャガイモ、スイートポテトを含んでいることでした。このグループを便宜上「豆&イモグループ」と呼びます。
比較のための対照グループはこの条件に該当しない9種のフードが選ばれました。どちらのグループのフードも具体的なブランドや商品名は発表されていません。

これらのフードの分析はメタボロミクス(メタボローム解析)の手法で行われました。メタボロミクスというのは元々は医学や生命科学の分野で用いられており、対象となる生体に含まれる代謝物を包括的に解析することで生命現象を理解するための学問領域です。
近年、この方法は食品中の生化学的化合物を分析するのにも使われています。(例えば、加工食品の原材料となる野菜や卵などをメタボロミクス分析して、そこに含まれる化合物を特定して一定の数値のものだけを使用することで安定した品質を追求するためなどです。)

このようにして2グループ18種のドッグフードに含まれる830種類の生化学的化合物が特定され比較されました。

研究者の結論とFDAの見解

2グループのフードの生化学的化合物を比較したところ、豆&イモグループで濃度が有意に高かった化合物88種、豆&イモグループで濃度が有意に低かった化合物23種が特定されました。濃度の高い化合物の中で最大のカテゴリーはアミノ酸関連化合物と生体異物/植物化合物でした。濃度の低い化合物の最大のカテゴリーはビタミンB群でした。

豆&イモグループで濃度の高かったアミノ酸関連化合物は心臓組織へのカルニチンの利用に影響を与える可能性が指摘されています。
また濃度の低かったビタミンB群はタウリンとカルニチン合成に必要なものです。

タウリンもカルニチンも心筋の収縮に必要な栄養素で、心疾患のある犬では不足しがちです。

そして豆&イモグループで濃度の高かった化合物はエンドウ豆との関連が示されていると研究者は述べています。
というわけで、まだ仮説の段階で証明はできないがエンドウ豆は「パズルの1ピースだ」という表現がされています。

アメリカ食品医薬品局(FDA)はこの報告に対して「エンドウ豆も他の豆類も長年に渡ってペットフード に使われてきたので、本質的に危険だという証拠はない。今のところエンドウ豆の使用禁止は検討していない」と回答しています。

またFDAはDCMの症例として報告された件数は1,100件と発表しており、グレインフリーではないフードを食べている犬も含まれていると述べています。

引っかかる点

なるほど、確かにメタボロミクスで分析して特定した化合物がカルニチンの利用に影響があり、その化合物はエンドウ豆と関連していると言われたら、エンドウ豆のせいだろうか?と思わなくもない......。

しかし、豆&イモグループのビタミンB群が少ないというのは理解に苦しむところです。ドッグフードに添加されるビタミン類はあらかじめ配合されたものが使われており、AAFCOの基準に沿っているためどの会社も大差はないはず。論文の中ではビタミンB群は熱に弱いので添加のタイミングで破壊されることもあるのかもしれないと書かれていますが、それなら比較対照グループでも同じようなことが起こるはずでは?対照グループのフードはどんなものを使ったのだろうか?

そして以前からずっと指摘されていることですが、とにかく症例が少ない。

例えばイギリスでは王立獣医科大学がVeterinary Companion Animal Surveillance System(獣医学コンパニオンアニマル監視システム、頭文字をとってVetCompassと呼ばれている)という非営利研究プロジェクトを運営しています。
これはイギリス国内の一般の動物病院で診察を受けた際のデータが全て集められてコンピューターに記録され匿名化されて各種研究に使われます。イギリスで犬の怪我や疾患を調査する際には必ずと言っていいほどVetCompassのデータが使われます。何しろデータの数が圧倒的です。
1年間に診察を受けた犬の総数が分母になるため、何十万頭という数の中から有病率などを割り出します。

何もこれを真似しようというわけではありません。外国では特定の病気について調査する時にこれだけのデータを使っているという一例です。
一方アメリカ全国の犬の登録数は7500万頭いると言うのに、大学病院や循環器専門医からFDAに報告があった症例1,100件での研究は「それでいいのか?」という気がします。

そして最大の引っかかりは、2019年の記事にも書きましたがこの研究を行ったタフツ大学獣医学部にはネスレピュリナ社が出資して建設した研究所があり、大学とピュリナが共同で運営しているという点です。

再度書くけれど、商業製品の調査をするのに利害の絡むライバル社と関係のある研究施設にアメリカ食品医薬品局という公的な機関が協力を依頼するというのは倫理的におかしい。

とりあえず続報を待つことにしましょう。



《参考URL》