2018/09/30

FDA警告とグレインフリーフードと心臓病


(image by GDJ )

2018年7月にアメリカ食品医薬品局(FDA)が発表した「獣医療機関から犬の拡張型心筋症(DCM)の症例が増えていると報告が届いている。患者の犬に共通していたのは、エンドウ豆、レンズ豆、ひよこ豆その他豆類やポテトを主原料とするフードを食べていることだった」という警告が出されたことはご存知の方も多いかと思います。

この件はアメリカでも大きな騒ぎとなり、ドッグフード市場はちょっとしたパニックに陥りました。

上記原材料はグレインフリー(穀物不使用)フードに使われていることが多いため「グレインフリーのフードを食べると心臓病になる!」と言うヒステリックな情報が飛び交いました。

日本でもFDAの最初の警告は犬関連のサイトなどで取り上げられましたが、その後の追加など詳細は届いていないですよね?
もっと早くに紹介できれば良かったのですが、なかなか手が回らず遅くなってしまいました。

前回の記事で紹介した「犬と炭水化物」についての考察を書かれたリンダ・ケイス氏の書かれた文章とFDAの追加情報をベースに、私の考えたところも交えて書いていきます。


最初にクリアにしておきたいこと

  • 最初の警告には「エンドウ豆、レンズ豆、その他の豆類、ポテト、これらのたんぱく質、デンプン、繊維などの成分が原材料一覧の前半に多く列記され、それらが主成分であることを示しているフード」と書かれており、グレインフリーのフードという言葉は出て来ていません。
  • さらにFDAは上記原材料と拡張型心筋症(DCM)の因果関係についても「今の所わからない」と発表しています。
  • FDAは最初の発表では症例の件数に言及していませんでしたが、のちに「最初の発表時には犬30件猫7件の心臓病が散発的に報告された」と述べています。また獣医学心臓医のコミュニティでは約150件の報告が寄せられているとのことです。
  • FDAの発表では具体的なメーカーやブランド名については一切触れられていません。

注目すべきはグレインではなくタウリン

FDAの最初の発表の後、アメリカの犬ブロガーや獣医師が無分別に「グレインフリーのフードが危ない」と書き立てたために、大げさ過ぎたり不確かだったりする情報が独り歩きしています。

リンダ・ケイス氏は犬情報サイトWhole Dog Journal に、この拡張型心筋症と食餌の関連について詳しいレポートを寄稿しています。
私がここで書いていることはケイス氏の記事から得た知識や情報を参照しています。彼女の書いたものが、たくさん読んだ記事の中で最も冷静で、過去の研究で明らかになっていることをベースにしており、公平だったからです。
また、自分自身がFDAの発表を読んだ時に感じたり考えたりしたことと共通する部分もありました。

今回FDAが特定の原材料とDCMの関連を取り上げていますが、DCMにはタウリン欠乏症が大きく関係しています。
簡単に言えばタウリンが欠乏すると心臓は健康な機能を保てなくなります。
今回FDAに報告された犬も血中のタウリン濃度が低下している犬が多く、タウリンの補充が有効だったことが判っているそうです。

実はドッグフードの原料とタウリン欠乏症の関連については、過去にも取り上げられ因果関係が明らかになっているものも多いそうです。
それを元に考えると、今回の豆類やポテト類のことも見えてくることがあります。

                              
(photo by ulleo )



タウリンの再利用、タウリンの排出

タウリンというのはアミノ酸の一種ですが、多くの場合は肉類に含まれているシステインとメチオニンという2種類のアミノ酸を使って体内で合成されます。

過去15年間で、犬のタウリン欠乏については「ラム&ライスフード」「大豆をベースにしたフード」「米ぬか(ライスブラン)」「ビートパルプ」「高繊維フード」との関連が取り上げられています。


「ラム&ライスフード」については、原材料のラムミール(ラム肉ではない。ラムの枝肉から人間用の食肉を取り分けた後の、肉・骨・腱・脂肪などを細かく挽き加熱〜乾燥させたもの)の加工の過程でタンパク質が高温加熱で損傷し、システインとメチオニンがタウリン合成に利用できない状態になったと推測されています。(推測であって、証明
はされていない)またタンパク質を高温加熱した時に発生する物質はタウリンを分解する腸内細菌を増加させることが判っています。

大豆をベースにしたフードは、脱脂大豆をタンパク源として使っているフードです。肉や魚には天然のタウリンが含まれていますが植物性のタンパク質にはタウリンは含まれません。


また体内に取り込まれたタウリンは胆汁と結合して小腸に分泌され消化活動を助けるのですが、そのタウリンは本来はまた体内に戻って再利用されます。しかしその時に腸内に米ぬか、ビートパルプ、セルロース(不溶性食物繊維)が大量にあると、タウリンを便と一緒に排出してしまいます。これらの繊維源が低タンパク質のフードに含まれると犬の血中タウリンレベルを低下させることは、最近の研究で明らかになっているそうです。


これらのタウリン欠乏を起こさせると考えられる要因は複雑に絡み合っており、単純に「ラム&ライス」のフードを食べると心臓が悪くなる!というものではありません。ここに遺伝的な要素や、犬種特有の体質なども加味されて疾患へとつながるので、単純に「〇〇が含まれるフードはダメ」という主張は意味がないわけです。


今回FDAが問題にした原材料では、エンドウ豆やレンズ豆は植物性タンパク質が豊富な食材です。ですからこれらが多く含まれ、その分肉や魚が少ないフードではタウリン欠乏の一要素になり得ます。
またエンドウ豆、レンズ豆、ヒヨコ豆、その他豆類はどれも不溶性の食物繊維が豊富でもあります。
FDAが発表したリストの中のポテトにはジャガイモだけでなくスイートポテトも含まれます。スイートポテトも食物繊維が豊富な食品です。ジャガイモは不溶性の食物繊維はそれほど多くありませんが、含まれるデンプン質の一部が犬には消化しにくく食物繊維と似た働きをするのだそうです。

しかし、原材料一覧にこれらの食材が含まれていれば全てが危険というわけではありません。これらの原材料が使われているが、動物性のタンパク質も複数の種類が多く使われているフードや、問題の材料が使われてはいても原材料一覧の下位にある場合にはそれほど心配する必要はないと思われます。


グレインフリーに罪はない?


(photo by MartinPosta )

FDAの発表があった後、(あまり質のよろしくない)ブロガーや、フードや食事に関する知識があるとは思えない獣医師が「グレインフリーのフードは危険」と騒ぎ、中には特定のメーカーやブランドを非難する文章がネット上に溢れました。

そして非難されるメーカーやブランドは決まって小規模に高品質フードを作っている会社でした。


しかし、この騒ぎの最中にスーパーやペットショップで目につくフードの原材料一覧を片っ端から読んでいくと、グレインフリーのプレミアムフードどころか、動物性タンパク質が極端に少ないようなタイプのフードにも豆類やポテトが使われているものがたくさんありました。

また、FDAにDCMの症例が増えていると報告を出したのは心臓専門医を多く抱える循環器系専門病院でした。愛犬にそのような高度医療を受けさせる飼い主がグレインフリーのプレミアムフードを食べさせていても何の不思議もないのでは?と私は感じています。
(グレインフリーが本当に良いかどうかは別として)
反対に、スーパーで山積みになっている超低価格フードを食べている犬が心臓を悪くしても、気づかれることなく「寿命かな?」と亡くなっていくことがあっても不思議ではないと思うのです。
経済的なことを言うのは嫌らしい感じがしますが、統計を取ってみるとそうなるのではないかなと言う推測です。

しかし、そもそもグレインフリーが今までもてはやされて来たことには私は疑問を感じていました。犬は何千年にも渡って人間から穀物を与えられていたはずだからです。

......というわけで、豆類やポテトが含まれることが危険というわけではなく、フードの原材料一覧をよく見てバランスを考えてみてください。

そして、該当するフードを食べていても食べていなくても、何か具合が悪そうなことがあれば、迷わず病院に行ってくださいね。


《参考URL》











2018/09/05

犬と炭水化物、ブログThe Science Dogより


(photo by 137859 )


犬の食餌のことを考える時、手作りであれドッグフードであれ、常に悩ましく論争になりがちな問題のひとつが『炭水化物=でんぷん質』ですね。

「犬は本来肉食なのだから炭水化物は必要ない」「肉食である犬に炭水化物を与えることは体の負担になる」こんな意見もあれば、また一方で「犬は人間と長い年月一緒に暮らす間に炭水化物を消化できるように進化して来た」「エネルギー源としての炭水化物はある程度必要」という意見もある。

私はうちの犬たちには、炭水化物は常に与えて来ました。長い年月の間に何度か「え、やっぱりあんまり食べさせないほうがいいのかな?」と迷って炭水化物を減らし、犬たちの体重を適正に保てなかったこともありました。

そんな紆余曲折を経て、自分自身の中では結論が出ているのですが、この論争は相変わらずあちこちで火の手を上げています。

つい先日、普段よく読んでいるブログに「なるほど」と思った記事に出会いました。
ブログの名はThe Science Dog 著者はリンダ・P・ケイス氏、ドッグトレーナーで獣医学栄養士でもありサイエンスライターとして犬のトレーニングと栄養学について多くの記事を書いている人です。
(アメリカでの獣医学栄養士は、獣医師の資格を得た後にさらに大学で教育を受けて学位を取得しなくてはいけない難易度の高いものです。)

ケイス氏の文章を以下にまとめてみましたのでご覧ください。


(photo by Ella87 )


「犬と炭水化物」

このテーマが引き合いに出される時、必ず上がる2つの主題があります。

『犬は肉食動物であり、食餌に炭水化物は必要ない』?

この主題の前半は間違い、後半は本当です。
犬は雑食性の動物です。犬と雑食という言葉はしばしば議論の火元となりますが、雑食というのはただ単にその生き物が動物由来のものと植物由来のものを食べ、その両方から必要な栄養素を摂取できるという意味です。


「雑食性」という言葉は、犬が捕食者ではないとか、肉を食べることを好まないという意味はありません。肉からも野菜からも栄養素を得ることができる身体能力だけを表します。


後半部分に移りましょう。これはその通り、犬は栄養学的には炭水化物を摂取する必要はありません。
しかし調理済の炭水化物はとても消化の良いエネルギー源となり得ます。これはつまり犬の食餌に炭水化物が含まれているとそれがエネルギー源に回され、食餌中のタンパク質はエネルギー源となる必要がなくなり、身体組織の構築や修復、免疫系の支援のために利用できることを意味します。
したがって犬の食餌に一定の量の炭水化物が含まれることにはメリットがあると言えます。

 『犬は効率的に炭水化物を消化することができない』?

これは明らかに間違いです。犬は人間と同様に調理された炭水化物を効率よく消化します。

米、麦、トウモロコシなどを挽いて生の状態で犬に与えたときの消化率は約60%ですが、同じものを加熱調理した場合は消化率は100%近くまで上がります。


犬と炭水化物の消化については、2013年にスウェーデンのウプサラ大学のエリック・アクセルソン博士が、家畜化に関連する犬の遺伝的な変化を明らかにした論文を発表しています。


キーとなるのはAMY2Bと命名された遺伝子です。この遺伝子のコピー数は、膵臓で分泌するデンプン分解酵素の膵アミラーゼと関連します。
単純に言ってしまうと、AMY2Bという遺伝子のコピー数が多ければ、膵アミラーゼの分泌も多くなり、より高い炭水化物の消化能力を持つということです。
平均すると、犬のAMY2B遺伝子はオオカミの約7倍も多いことが判っています。人間が調理した穀類を食べ、犬がその残飯を食べていたことから、犬の身体は炭水化物を消化しやすい形に進化していったのだろうと考えられています。

このように、犬は炭水化物を消化吸収することができ、かつ炭水化物を摂取するメリットもあります。
しかし、それは犬が炭水化物の割合が高い食事を摂る方が良いということではありません。


ではどんなバランスの食餌が犬にとって理想的なのか?

近年の栄養学では、多くの鳥類、魚類、哺乳類など幅広い種の生き物が、たんぱく質・脂肪・炭水化物が一貫して含まれる食べ物を自ら選択し、健康に最適と思われる摂取量を調整してバランスを取っていると言われています。

犬よりも先に研究されたイエネコの場合、猫たちは一貫してタンパク質と脂肪が多く炭水化物が少ない食事を選択することが判明しました。これは野生のネコ科動物と一致しています。

犬の場合、自主的に食べ物を選択させると脂肪およびタンパク質が多く炭水化物が少ない食事を選びました。
エネルギー量の割合で言えば、犬の選択は30〜38%のタンパク質、59〜63%の脂肪、3〜7%の炭水化物でした。ただし、実験開始当初はこのように高脂肪の食餌を好んだのですが、数日のうちに脂肪の割合が減りたんぱく質の割合が増えていきました。

犬が食事の栄養素の割合を選択できるようにする実験を10日間行った時、彼らはカロリーを過剰に摂取する傾向があり、平均すると10日間で約1.5kgの体重の増加があったそうです。


また、同じことをオオカミで実験すると炭水化物が1%しかない食べ物を選んだということです。




総合すると......

  • 犬は先祖のオオカミ(および現代のオオカミ)と比べて、炭水化物をよりよく消化することができます。
  • この消化能力のアップは、遺伝子の変化で膵アミラーゼ(消化酵素)の産生が増えたことも一因です。
  • そのため犬は調理された炭水化物を非常に効率的に消化します。
  • 犬の食生活に一定レベルの炭水化物を含めることは、効率の良いエネルギー源となり、タンパク質の有効利用にもつながります。
  • 犬は選択肢を与えられると、炭水化物が少なくタンパク質と脂肪が多い食事を優先的に選択します。このタイプの食餌を制御なしの自己選択で与えた場合、過剰消費と体重増加につながる可能性があります。




しかし、上記の情報のいずれも「犬が炭水化物を摂取しないこと」または「犬が一定量の炭水化物を摂取すること」が、犬の活力、健康状態を維持する能力、慢性的な健康問題の発症や寿命の長さになんらかの影響を与えるという証拠にはなりません。

また犬がタンパク質や脂肪が多く炭水化物が少ない食事を好むという事実は、そのような食餌がより健康的であるとか病気を予防する証拠であると混同してはなりません。
現時点では、私たちは単に知らないのです。

以上、緑の字の部分がケイス氏のブログを要約したものです。
「犬と炭水化物」について、きちんと判明していることと、未だ判っていないことがはっきりと述べられているので、情報の整理にも役立つのではないかと思います。

犬は他の動物に比べてあまりにも長く人間と一緒に暮らしているので、犬たち自身も食べ物の理想のバランスには自覚がないように見えますね。

この記事に先駆けて再掲した「犬に穀物、与えるべきか?避けるべきか?」を最初にdog actuallyにアップした時SNSなどで「だから結局どっちなの!?」というコメントがいくつか付いたことがありました。

でも生き物の体の問題は白か黒か、ゼロか100かでスパッと割り切れるものではないのです。
ケイス氏の文章はそのことをよく表していると思います。

やたらと炭水化物の割合が高い市販のフードも、「犬に炭水化物?とんでもない!」という極端な意見も、個々の犬に目を向けることを忘れている気がします。



下のリストはケイス氏が参照した論文です。興味のある方は読んでみてくださいね。

参照 The Science Dog ~Dogs and Carbs, Its Complicated 


  1. Axelsson E, Ratnakumar A, Arendt ML, et al. The genomic signature of dog domestication reveals adaptation to a starch-rich diet. Nature 2013; 495:360-364. https://www.nature.com/articles/nature11837
  2. Arendt M, Fall, T, Lindblad-Toh K, Axelsson E. Amylase activity is associated with AMY2B copy numbers in dogs: Implications for dog domestication, diet and diabetes. Animal Genetics 2014; 45(5):716-22. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/24975239
  3. Arendt M, Cairns KM, Ballard JWO, Savolainen P, Axelsson E. Diet adaptation in dogs reflects spread of prehistoric agriculture. Heredity 2016; 117(5):301-396. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/27406651
  4. Reiter T, Jagoda E, Capellini TD. Dietary variation and evolution of gene copy number among dog breeds. PLOSone 2016; 11(2):e0148899. https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0148899
  5. Hewson-Hughes AK, Hewson-Hughes VL, Miller AT, et al. Geometric analysis of macronutrient selection in the adult domestic cat, Felis catus. Journal of Experimental Biology 2011; 214(Pt6):1039-51. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/21346132
  6. Hewson-Hughes AK, Colyer A, Simpson SJ, Raubenheimer D. Balancing macronutrient intake in a mammalian carnivore: disentangling the influences of flavor and nutrition. Royal Society of Open Science 2016; 3:160081. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/27429768
  7. Hewson-Hughes AK, Hewson-Hughes VL, Colyer A, et al. Geometric analysis of macronutrient selection in breeds of the domestic dog, Canis lupus familiarisBehavioral Ecology 2013; 24(1):293-304. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/23243377
  8. Roberts MT, BErmingham EN, Cave NJ, Young W, McKenzie CM, Thomas DG. Macronutrient intake of dogs, self-selecting diets varying in composition offered ad libitum. Journal of Animal Physiology and Nutrition 2018; 102(2):568-575. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/29024089