2020/07/23

UCデイビス校獣医学部による35犬種の避妊去勢手術ガイドライン

避妊去勢手術と特定の疾患のリスク

2014年、アメリカの獣医師や心理学者、統計学者などの研究チームによってヴィズラの避妊去勢手術の有無、手術の時期、ガンの発病率の関連について大規模なインターネットアンケート調査が行われました。集められた2,500頭以上の犬のデータから、ヴィズラでは避妊去勢手術を受けた個体にガンの発病率が高いという結果が発表されました。

Image by photohun from Pixabay 

この情報を初めて聞いた時のショックとザワザワした気持ちは忘れられません。(その理由は後述)

その後、カリフォルニア大学(UC)デイビス校獣医学部によって特定の犬種の避妊去勢手術と疾患の関連についての研究が発表されました。ゴールデンレトリーバー、ラブラドール、ジャーマンシェパード では避妊去勢手術を受けた個体で未処置の犬と比べてガンと関節疾患の発病率が有意に高いこと、特に6ヶ月齢以前に手術を受けた時のリスクの高さが指摘されました。
UCデイビス校は10年にわたってこの研究を続けており、さらに対象の犬種を広げてデータの分析を行っています。

同研究チームは2020年7月に35犬種について、避妊去勢手術が影響を及ぼすと考えられるガン(血管肉腫、肥満細胞腫、骨肉腫、リンパ腫)関節疾患(股関節形成不全、前十字靭帯断裂、肘関節形成不全)のリスクを小さくするため手術の時期に関するガイドラインを発表しました。
これには同校の獣医学教育病院で過去15年の間に検査や診察を受けた数千頭の犬のデータが使用されました。


ガイドラインが発表された犬種と注目点

35の犬種は以下の通り(カタカナ表記ですが、アルファベット順です)

  • オーストラリアンキャトルドッグ
  • オーストラリアンシェパード
  • ビーグル
  • バーニーズマウンテンドッグ
  • ボーダーコリー
  • ボストンテリア
  • ボクサー
  • ブルドッグ
  • キャバリアキングチャールズスパニエル
  • チワワ
  • コッカースパニエル
  • コリー
  • コーギー
  • ダックスフンド
  • ドーベルマンピンシャー
  • イングリッシュスプリンガースパニエル
  • ジャーマンシェパード 
  • ゴールデンレトリーバー
  • グレートデーン
  • アイリッシュウルフハウンド
  • ジャックラッセルテリア
  • ラブラドールレトリーバー
  • マルチーズ
  • ミニチュアシュナウザー
  • ポメラニアン
  • トイプードル
  • ミニチュアプードル
  • スタンダードプードル
  • パグ
  • ロットワイラー
  • セントバーナード 
  • シェトランドシープドッグ
  • シーズー
  • ウエストハイランドホワイトテリア
  • ヨークシャーテリア

各犬種ごとのガイドラインは別にアップしますが、全般的に注目したい点がいくつかあります。


Image by skeeze from Pixabay 


避妊去勢手術によって関節障害が発症するリスクは犬のサイズに関係しており、小型犬では手術によって関節障害のリスクが高まることはない

⧫小型犬種では、避妊去勢手術によってガン発病のリスクが高くなることはほとんどないが、上記リストのうち小型犬2犬種でガンの発病率が高くなっていた。
小型犬で避妊去勢手術とガン発病の関連が見られたのはボストンテリアのオスとシーズーのメス
それぞれ逆の性別では手術とガンの関連は見られなかった。ボストンテリアのオスは1歳になる前に去勢手術を受けた場合、シーズーのメスは2歳になる前に避妊手術を受けた場合にガン発病のリスクが高くなっていた。

⧫大型犬種では避妊去勢手術は関節障害発症リスクに有意に関連しているが、超大型犬種であるグレートデーンとアイリッシュウルフハウンドでは、手術を受けた時期がいつであろうと関節障害のリスクには影響が見られなかった。

ドーベルマンのオスでは、1歳での去勢でガン発病リスクがやや上昇、2〜8歳の去勢でさらに上昇という例外的なパターンが見られるため、1歳未満での去勢または去勢無しが推奨されている。

ゴールデンレトリーバーのメスでは、避妊手術の年齢がいつであってもガン発病のリスクが高くなる。

⧫全般的な傾向では、大型犬において手術をする時期についての注意が必要。多くはオス1歳以降、メス2歳以降が推奨されている。


犬の避妊去勢には社会的な問題という側面もある

Image by kimdewar0 from Pixabay 


このガイドラインはこれから犬を迎えたいと考えている方、愛犬の避妊去勢について悩んでいる方にとって心強い指針になることと思います。
かかりつけの獣医師と話し合う際のツールとしても重宝なものになるでしょう。

一方で、以前に数犬種での研究が発表された時もそうでしたが、既に愛犬の手術を済ませた方が後悔したり落ち込んだりということがあるかもしれません。
しかし既に処置の済んだ手術によってリスクが高くなることを知っていれば獣医師と相談して対策を考える際にも、この情報は役立つものです。将来のリスクに備えてペット保険を見直す際の目安にもなります。

またこの研究はガンと関節障害のリスクをメインにしたものですが、避妊去勢手術で予防できる疾患もあることは忘れてはいけない点です。
2020年6月にワシントン大学の病理学者が発表した家庭犬の寿命についての統計では、避妊去勢手術をした犬の方が未処置の犬よりも平均寿命が長いという結果も出ています。

研究結果は単純に「だから避妊去勢をするべきではない」または「するべきである」と結論を出すものではなく、個々の犬にとっての最良を選ぶための有効なデータです。

「個々の犬にとっての最良」という点をもう少し掘り下げて考えてみましょう。

犬にとっての最良を決める時、医学的なデータだけでなく、もしも処置しないでアクシデントで子犬が産まれた場合の社会的な影響も考慮する必要があります。

今の日本ではアクシデントで子犬が産まれるべきではありません。
ましてや遺伝病や血統の知識のない素人が興味本位や小遣い稼ぎのために繁殖に手を出すのは言語道断です。
本来あってはならない子犬の誕生を完全に予防できる環境であるかどうかも、処置をするかしないかの重要なチェックポイントです。
もちろんこれは病気やその治療の研究をする科学者の守備範囲ではありません。
だからこそ、科学で判ったことを一般の飼い主に伝える時には『社会的な側面』を抜きにしてはいけないと私は考えています。

一番最初に書いたヴィズラの研究結果が発表された時に気持ちがザワザワしたのは「科学的な情報、しかも一般向けにかいつまんだものだけを読んで、やっぱり避妊去勢なんてしない方がいいんだ!という無責任な層が増えたら...」と考えずにいられなかったから。
それから間を置かずにゴールデン、ラブ、Gシェパードの研究が発表された時にはザワザワなんてもんじゃなかったですよ。

その頃私が心配していたのは個人レベルでの素人繁殖やアクシデントだったのですが、これらの研究結果を大規模保護団体が都合よく解釈して避妊去勢を行わないなどという、想像のはるか斜め上(いや、はるか斜め下)を行くような事態まで起こってしまって、犬の避妊去勢の社会的な側面を無視することの罪深さをまざまざと思い知りました。

このUCデイビスの研究のような避妊去勢のリスクの話になると、保護犬を迎えた人が「うちの犬は迎えた時に有無を言わさずに手術をされていた」と憤慨される声を聞くことがあります。
しかし保護犬の場合は存在そのものが社会的な問題ですから、その犬からさらに行き先のない犬が増えるようなことは社会的にあってはならない、つまり避妊去勢は最優先事項です。

Image by Sabine Runge from Pixabay   



犬の避妊去勢の話になると、つい熱くなってしまいました😓

毎度同じことを繰り返していますが、普通の家庭犬でアクシデントでうっかり交配してしまうリスクを完全にコントロールできるなら、避妊去勢をするか否かは飼い主さんの判断することです。
ここで紹介したような研究は、その判断のための大切な要素です。

決して避妊去勢手術で健康を害することがあっても仕方がないと言っているわけではありません。
この件については、ぜひ以前に書いたこの記事も併せてご覧になってみてください。






長くなってしまったので、各犬種のガイドラインは別の記事で追い追いアップしていきます。



《参考URL》

Evaluation of the risk and age of onset of cancer and behavioral disorders in gonadectomized Vizslas
https://avmajournals.avma.org/doi/abs/10.2460/javma.244.3.309?journalCode=javma

Assisting Decision-Making of Age of Neutering for 35 Breeds of Dogs:Associated Joint Disorders, Cancers, and Urinary Incontinence.
https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fvets.2020.00388/full

Lifespan of companion dogs seen in three independent primary care veterinary clinics in the United states
https://cgejournal.biomedcentral.com/articles/10.1186/s40575-020-00086-8