2021/08/29

グレインフリーフードと心臓病に関する新しい論文

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皆さま覚えていらっしゃるでしょうか。グレインフリー(穀物不使用)のドッグフードが犬の拡張型心筋症と関連があるかもしれないという報道と、それに対して私がよく腹を立てていたことを。


 2018年にアメリカ食品医薬品局(以下FDAと表記)が犬の拡張型心筋症(以下DCM)の増加と豆類、ポテト類を使ったグレインフリーフードに関連があるかもしれないという発表を行い、大きな話題になりました。

ブログ記事 FDA警告とグレインフリーフードと心臓病


同じ件に関して翌年2019年にはFDAが具体的なブランド名を発表して、賛否両論を巻き起こしました。

ブログ記事 FDAからの情報更新、グレインフリーフードと心臓病


警告だとかブランド名発表などで消費者を大きく不安にさせたにも関わらず、グレインフリーフードとDCMの関連を示す証拠は何もなく、発表の根拠となった症例も524件と非常に少ないものでした。(その後、追加の報告で約1100件になっている)

そして2021年8月、この件に関してアメリカのタフツ大学獣医学部の研究チームによるリサーチ結果が発表されました。

https://www.nature.com/articles/s41598-021-94464-2

2019年の発表の際に犬のDCMに関連する可能性が指摘されたブランドのフードについて、従来の調査方法ではこれらのフードと病気の関連性が説明できませんでした。今回はメタボロミクスを応用した分析方法で以前に名指しされたブランド9種と比較のための他ブランド9種が調査されました。

ブログタイトルはグレインフリーフードと書きましたが、今回の報告ではグレインフリーは問題となっていません。豆類、ジャガイモ、スイートポテトを焦点にしています。


2つのグループのフードをメタボロミクス分析

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2019年のFDAの発表では、DCM診断と報告された犬が食べていたフードを調べ10頭以上の症例があった16種のブランドが公表されました。今回はその中から9種が選ばれ分析の対象となりました。
選択の基準はフードの原材料上位20種の中に豆類、ジャガイモ、スイートポテトを含んでいることでした。このグループを便宜上「豆&イモグループ」と呼びます。
比較のための対照グループはこの条件に該当しない9種のフードが選ばれました。どちらのグループのフードも具体的なブランドや商品名は発表されていません。

これらのフードの分析はメタボロミクス(メタボローム解析)の手法で行われました。メタボロミクスというのは元々は医学や生命科学の分野で用いられており、対象となる生体に含まれる代謝物を包括的に解析することで生命現象を理解するための学問領域です。
近年、この方法は食品中の生化学的化合物を分析するのにも使われています。(例えば、加工食品の原材料となる野菜や卵などをメタボロミクス分析して、そこに含まれる化合物を特定して一定の数値のものだけを使用することで安定した品質を追求するためなどです。)

このようにして2グループ18種のドッグフードに含まれる830種類の生化学的化合物が特定され比較されました。

研究者の結論とFDAの見解

2グループのフードの生化学的化合物を比較したところ、豆&イモグループで濃度が有意に高かった化合物88種、豆&イモグループで濃度が有意に低かった化合物23種が特定されました。濃度の高い化合物の中で最大のカテゴリーはアミノ酸関連化合物と生体異物/植物化合物でした。濃度の低い化合物の最大のカテゴリーはビタミンB群でした。

豆&イモグループで濃度の高かったアミノ酸関連化合物は心臓組織へのカルニチンの利用に影響を与える可能性が指摘されています。
また濃度の低かったビタミンB群はタウリンとカルニチン合成に必要なものです。

タウリンもカルニチンも心筋の収縮に必要な栄養素で、心疾患のある犬では不足しがちです。

そして豆&イモグループで濃度の高かった化合物はエンドウ豆との関連が示されていると研究者は述べています。
というわけで、まだ仮説の段階で証明はできないがエンドウ豆は「パズルの1ピースだ」という表現がされています。

アメリカ食品医薬品局(FDA)はこの報告に対して「エンドウ豆も他の豆類も長年に渡ってペットフード に使われてきたので、本質的に危険だという証拠はない。今のところエンドウ豆の使用禁止は検討していない」と回答しています。

またFDAはDCMの症例として報告された件数は1,100件と発表しており、グレインフリーではないフードを食べている犬も含まれていると述べています。

引っかかる点

なるほど、確かにメタボロミクスで分析して特定した化合物がカルニチンの利用に影響があり、その化合物はエンドウ豆と関連していると言われたら、エンドウ豆のせいだろうか?と思わなくもない......。

しかし、豆&イモグループのビタミンB群が少ないというのは理解に苦しむところです。ドッグフードに添加されるビタミン類はあらかじめ配合されたものが使われており、AAFCOの基準に沿っているためどの会社も大差はないはず。論文の中ではビタミンB群は熱に弱いので添加のタイミングで破壊されることもあるのかもしれないと書かれていますが、それなら比較対照グループでも同じようなことが起こるはずでは?対照グループのフードはどんなものを使ったのだろうか?

そして以前からずっと指摘されていることですが、とにかく症例が少ない。

例えばイギリスでは王立獣医科大学がVeterinary Companion Animal Surveillance System(獣医学コンパニオンアニマル監視システム、頭文字をとってVetCompassと呼ばれている)という非営利研究プロジェクトを運営しています。
これはイギリス国内の一般の動物病院で診察を受けた際のデータが全て集められてコンピューターに記録され匿名化されて各種研究に使われます。イギリスで犬の怪我や疾患を調査する際には必ずと言っていいほどVetCompassのデータが使われます。何しろデータの数が圧倒的です。
1年間に診察を受けた犬の総数が分母になるため、何十万頭という数の中から有病率などを割り出します。

何もこれを真似しようというわけではありません。外国では特定の病気について調査する時にこれだけのデータを使っているという一例です。
一方アメリカ全国の犬の登録数は7500万頭いると言うのに、大学病院や循環器専門医からFDAに報告があった症例1,100件での研究は「それでいいのか?」という気がします。

そして最大の引っかかりは、2019年の記事にも書きましたがこの研究を行ったタフツ大学獣医学部にはネスレピュリナ社が出資して建設した研究所があり、大学とピュリナが共同で運営しているという点です。

再度書くけれど、商業製品の調査をするのに利害の絡むライバル社と関係のある研究施設にアメリカ食品医薬品局という公的な機関が協力を依頼するというのは倫理的におかしい。

とりあえず続報を待つことにしましょう。



《参考URL》

2021/04/21

ロサンゼルス市がNO KILLを達成





2021年3月、ロサンゼルス市は公式にNO KILLの街としての基準をクリアしました。これをもってLAは全米最大のNO KILLシティとなりました。(州全体ではデラウェア州だけがNO KILLを達成している)

NO KILLというのは日本でいう殺処分ゼロと混同されがちですが、違う部分が多いです。
NO KILLの基準は保護施設に入って来た動物のうち90%が譲渡、返還、民間団体での引き取りなどで生きて施設を出ていくことができるというものです。

「10%は殺処分が行われているならNO KILLじゃない!」という声が上がりそうですが、これは回復の見込みのない病気や怪我、リハビリが不可能な行動上の問題があり、安楽死が人道的と判断される動物の割合が過去の統計からだいたい10%くらいとされていることから設定された数字です。

つまりNO KILLというのは「譲渡可能な動物は殺処分にしない」という意味です。
この辺りの詳しいことは2016年にdog actuallyに掲載した記事に書いています。



NKLAついに達成


SMILESのブログやdog actually でも何度も取り上げてきたアメリカ屈指の大規模保護団体のベストフレンズアニマルソサエティはユタ州を本拠地としています。
そのベストフレンズがロサンゼルス市にも拠点を置き本格的に活動を始めたのは2012年のことでした。

LAを NO KILLの街にしようという意味を込めてNKLAというプロジェクトも同時にスタートしました。

これも2013年にdog actuallyに書いています。

NKLAプロジェクトを始める前、ロサンゼルス市では公営シェルターに持ち込まれた動物のうち約3分の1が殺処分となっていました。

2012年にベストフレンズがLAに進出して以来、2箇所のアニマルシェルター設立の他に、安価な避妊去勢クリニックの開設、LAの中小保護団体をネットワーク化して預かりボランティアや輸送ボランティアの情報共有、大規模な合同譲渡会などが行われてきました。

(これについてはLAで古くから活動している団体からの不満も多く耳にしました。譲渡の審査が甘いとか、譲渡の際に実費として受け取る料金が安過ぎるとか......。
でも一般市民の目から見ると、ショッピングモールのパーキングの端っこで小規模に行われている譲渡会でグッタリしている動物を見ることはほとんど無くなったし、ベストフレンズのシェルターは清潔でボランティアの人も知識が豊富で親切だし、保護動物を抱え過ぎて過密状態になっているシェルターの動物をネットワーク内で割り振ったりできるようになったし、明らかに改善したとしか言えないんだなあ...。)

......とこんな感じで公営シェルターでの殺処分は年々減っていました。
そして2020年のロサンゼルス市のアニマルコントロールの統計が今年の3月に発表。公営シェルターから生きて出て行くことができた動物は90.49%!NKLAがついに達成されました。


猫のTNRを巡るロサンゼルス市の闘い


Image by Doris Metternich from Pixabay 

ベストフレンズが進出してきた2012年以来、LAはNO KILL達成まであと少し!と毎年のように言われていました。犬はもう数年前からシェルターでの殺処分率は10%を切っていたそうですが、猫がなかなか15%を下回らずにいたそうです。その理由はロサンゼルスでは猫のTNRができなかったから。

TNRはTrap(捕獲) Neuter(避妊去勢) Return(元の場所に戻す)の略で、捕まえて処分するのではなく人道的に動物の数を減らして行く方法として世界中で実行されているものです。

このTNRがLAにおいては2009年以降禁止されていたそうです。
私がこの驚きの事実を知ったのは、LAがNO KILLを達成したというニュースの中で触れられていたからで、つまり禁止されている間全然知らなかったんですよ。

TNRなんて基本中の基本だと思っていたので「なんでそんなことに?」とびっくりしました。

2009年まで、LAでは民間団体主導で猫のTNRが行われており自治体は非公式にそれをバックアップしていたそうです。野良猫の数が減るのは自治体としても歓迎ですから反対する理由がないですね。

ところが2005年に野生動物の保護団体から「TNRは猫の数を減らすのに効果がないだけでなく、最終的に元いた場所に放すため野鳥や野生の小動物に悪影響である」と市を相手取って訴訟が提起されました。
この団体は猫のTNRが自然環境に及ぼす影響をまとめた報告書を提出する必要があると主張し、2009年に裁判官がこの見解を支持したため、LA市ではこの報告書が完成するまで猫のTNRに対して差し止め命令が出されました。

そこから11年にわたって法的、政治的な争いを経て、環境影響報告書がロサンゼルス市議会に提出されました。「TNRは野良猫の個体数を制御する最良の方法で、外を歩き回る猫の数が減ることで野生動物や環境に対してむしろ良い影響を与える」というその内容は市議会に全会一致で承認されました。
こうして、ようやく2020年12月にロサンゼルス市内で猫のTNRを実行したり指導したりできるようになりました。


子猫レスキューの限界で開いた扉


上に書いたように、ロサンゼルス市議会が報告書を承認したことで猫のTNRにGO!が出たのは2020年の12月です。つまり2020年は猫のTNRはまだ実施していなかった状態で公営シェルターでの殺処分率が10%を切ったということです。

これは殺処分される動物の3分の1が子猫で占められていたことから、NKLAネットワークで子猫に重点を置いたプログラムを作って実行していたせいです。

例えばベストフレンズでは公営シェルターから子猫を可能な限り引き取り、子猫授乳ボランティア、子猫預かりボランティアを大々的に募集して対応してきました。しかし蛇口の栓を閉めていない状態では毎年子猫たちが際限なく生まれてきて「もう限界」という状態になっていたそうです。

そんな「次の子猫の季節はどうすればいいのか?」という不安が生まれていた矢先のTNR再開、それに続くNO KILL達成のニュースにNKLA連合は湧き上がりました。



「殺処分ゼロ」に反射的に反応しないで


ロサンゼルス市で猫のTNRが差し止められていた10年の間に生まれてきてすぐに殺処分となってしまった動物のことを思うとやり場のない怒りがこみ上げてきますが、同時にこの命令を出した裁判官の責任の大きさも改めて実感します。

司法や行政の場では「動物福祉」という概念が存在していない場合もあります。残念ながら日本の地方行政の場では動物福祉の概念など無い所の方が多いように感じます。

自治体の行政は殺処分ゼロという数字を作り上げることにばかり力を入れて、実態は全く動物のためになっていない状況を作り出す。
行政を監視するはずの市民も「殺処分ゼロって素晴らしい!」と反射的に反応して、その先考えることをしないでいる。残念ながらこんな構図がたくさん目に付きます。

上にリンクを貼った過去記事でもTwitterなどでしつこくしつこく言い続けていますが、動物の福祉を考えない状態でケージに入れておくだけ、飼育放棄をしようとしている人に終生飼育が大切だからセンターでの引き取りはできませんと断るだけ、その結果自治体で殺処分を実行する数が減っても意味がありません。

鎖でつないで死なない程度にエサを与えるだけで一生飼い続けるくらいなら、飼育放棄して新しい飼い主を探す方が動物のためになります。

数値基準を定めて、安楽死に該当する基準も定められているNO KILLと殺処分ゼロは違う部分が多いと最初に書いたのはこういうことです。





NKLA(NO-KILL Los Angeles) を目指して

ロサンゼルス市がNO KILLシティになった!という記事を書くにあたって、先にこの2013年に書いた記事をアップしておこうと思います。

この写真のピットブルもこのシェルターで保護されている犬です。テーブル型のベッドは通気性が良く清潔に保ちやすくクッション性も優れているため、シェルターでの定番になっている印象です。





(以下dog actually 2013年10月7日掲載記事より)
10月はAdopt-A-Shelter-Dog Month(シェルターの犬を家族に迎えよう月間)です。それにちなんで、今日はロサンゼルスに出来た一番新しい私営アニマルシェルターの紹介をいたします。


このシェルターは、アメリカでも屈指の大きな動物保護団体BEST FRIENDS ANIMAL SOCIETYのロサンゼルス支部によって運営されています。ベストフレンズは2012年の4月に「NKLA=NO-KILL Los Angeles」のスローガンを打ち立てて、様々な活動を始めました。
 2017年までにロサンゼルス市を殺処分ゼロの街にするという目標を掲げて、動物の譲渡会や資金調達のためのイベント、避妊去勢手術の提供、条例改正のための活動などを精力的に行っており、その中でもNKLA運動の目玉とも言えるのが、8月にオープンしたNKLAペットアダプションセンターです。
ロサンゼルスでベストフレンズが運営するアニマルシェルターについては、2012年の2月にオープンしたベストフレンズペットアダプション/避妊手術センターのことを過去の記事で紹介したことがあります。去年オープンしたこの施設は、自治体の施設を保護団体の出資で運営するという新しい試みがなされ、その後も順調に続いています。
そして先日オープンしたNKLAアダプションセンターは、直接の管理運営はベストフレンズではあるけれど、ロサンゼルス市で活動する60以上の保護団体やレスキューグループとの協力で成り立っています。これらの団体は、パートナーという名で呼ばれています。
施設は持っていても規模が小さくて収容できる動物が少ない、動物の送迎や預かりボランティアの人数が少なくてうまく回らない、イベントを行っても集客力が小さいなど、小規模なレスキューグループの悩みは尽きません。そのような団体の情報を一括してまとめ、ボランティアのネットワークを繋ぎ合わせてそれぞれの負担を小さくし、保護活動を円滑に進めて行こうという方針で、アダプションセンターはその統括センターの役割も果たしています。

⇡犬エリアに入ると、さらにこのようにドアで仕切られた部屋に分かれており、1部屋に8つ程の犬舍が設けられている。ドアの隣に設置されているコンピューターにはパートナーの団体が保護している動物達の情報が収められており、シェルター内で気に入った動物がいなかった場合にも、その場で検索できるようになっている。建物全体に空気清浄設備が完備されていて、動物のニオイはほとんどと言っていいくらい感じられない。

このシェルターでは、犬60~90頭、猫35~65頭の収容が可能です。彼らは基本的には、パートナーの団体が預かりボランティアを見つけられなかったり施設がいっぱいで保護できなかったなどの理由でここに来た動物達です。
建物の中には動物達のための施設の他、引き取り希望者との面会室、ゆったりとしたロビー、動物関連の書籍やDVDを揃えたライブラリー、会議室や講義室が設けられ、パートナー団体の譲渡会やセミナーなどに活用されています。
シェルターの所在地はサンタモニカ大通りのすぐ近くでロサンゼルス市の中心地。ハイウェイの出口からも近く、人を集めるのに申し分のない立地です。


⇡小規模なグルーミングサロン程度のケア施設も完備しており、犬達は皆、清潔で綺麗にグルーミングされている。動物のケアをするのはボランティアのプロのトリマーさん達。犬舍内にはフレームタイプのベッド(クッション性・通気性に優れ、衛生的に保ち易い)と毛布、おもちゃが備えられている。犬のサイズや性質により、1犬舍に1頭の場合もあれば、2頭がルームシェアしている場合もある。私の訪問中にもボランティアの人達が入れ替わり立ち替わり出入りして、犬達を順番に散歩に連れ出していた。

ロサンゼルス市におけるシェルターの動物の殺処分率は、順調に減少しています。昨年12月には殺処分率が16%を切りました。この数字には怪我や病気で治療が不可能な動物の安楽死も含まれますので、NO-KILL LAは決して夢物語ではなく、実現可能な目標として射程距離内に入っています。
今年に入ってからも、殺処分率は少しずつながらも順調に減って来ています。これはシェルターへの動物の持ち込みが減って来たことと、シェルターの動物の譲渡率が高くなってきたことの両方の理由によります。シェルターへの持ち込みが減ったことは経済が回復基調になって来たことも関係するのですが、避妊去勢手術の提供が増えたことも大きな理由です。譲渡率のアップは言うに及ばず、ベストフレンズがロサンゼルスのホームレスアニマル達に及ぼしたインパクトは、本当に大きなものです。

《参考サイト》
http://nkla.org/

2021/04/18

シェルターへの犬の持ち込みに「待て!」をかけるプログラム

2014年に書いた記事です。
これは再掲載する予定はなかったんですよ。
だけど今日yahooニュースで「沖縄の那覇で初めて犬の殺処分ゼロ達成、引っ越しするが連れていけないなどの理由での引き取りは断っている」という記事を目にして怒り心頭になってツイートしたら「でも保健所に持ち込んで来た人を説得するってどうしたらいいんだろうね」というツイートも見かけたので「そう言えば、LAの介入プログラムをかいたことがある」と古い引き出しをゴソゴソするように引っ張り出してきた次第です。

この団体は今も2014年当時と同じように活動をしています。ただコロナ禍のせいでサウスLA周辺は以前にも増してひどいことになっており、ホームレスの人たちも激増、寄付金も集まりにくい状況になっていると思います。

明日わずかながらこの団体に寄付しよう。



(以下dog actually 2014年9月16日掲載記事より)


2013年4月、ロサンゼルス市の公営シェルターのひとつサウスLAシェルターにおいて、自治体の機関であるシェルターと、そこに動物を持ち込む市民の間に動物保護団体が介入する新しいプログラムが開始されました。どうにかして動物がシェルターに置いて行かれることを食い止め、動物と飼い主にとってのより良い選択がなされるようにと始まったこのプログラムの内容をご紹介します。

まず最初にサウスLAシェルター周辺の環境を説明いたしますと、このエリアは4世帯に1世帯の世帯収入が貧困と定義されるラインを下回っており、平均世帯収入もロサンゼルス市の他の地域に比べてたいへん低いものです。高等教育を受けた住民の割合は1割に満たず、犯罪率は低下傾向にあるとは言え多くの面で厳しいエリア、それがサウスLAです。
こういった環境ですから、シェルターに動物が持ち込まれる理由の多くが経済的な事情から来ています。また動物に避妊去勢手術を施さずに子犬や子猫が産まれてしまった、犬にトレーニングを受けさせたことがないという飼い主も主流です。

そのサウスLAの公営シェルターと非営利動物保護団体Downtown Dog Rescue(DDR)及びFound Animalsがパートナーとなって開始したのが、最初に述べた介入プログラムです。プログラムの運営の中心となっているのはアマンダ・カザレス氏。
プログラムに関わる非営利団体のメンバーの中で給与を受け取って働いているのは彼女ひとりで、その他はボランティアの人々によって実施されています。カザレス氏の給与はFound Animalsから支払われています。

カザレス氏はシェルターの入り口にブースを設けて、動物を持ち込んできた人々の話を聞きます。
持ち込まれる動物の大多数は犬で、その理由は「アパートの契約の更新時に犬を飼うなら追加の保証金を払うように言われたが経済的に困難」「犬が吠えたり、攻撃的になったりするのでこれ以上飼い続けられない」など様々です。
プログラムでは犬と飼い主が一緒に暮らし続ける事を第一の目標として問題の解決を目指します。

犬のためのアパートの保証金250ドルが支払えない高齢の飼い主のためには団体の基金から保証金が負担されました。経済的困難が原因で犬をシェルターに持ち込む飼い主のためには、他にリードやカラー、ドッグフードなどの提供が実施されており、これらは団体への寄付金でまかなわれています。
脱走を繰り返す犬や、外飼いで通りかかる人に攻撃的な犬のためには家の周りにフェンスを設置したり、丈夫な犬小屋を提供したりもします。
こうしてまずは犬が飼い主と一緒にいられるようにした上で、団体で定期的に行われている無料のドッグトレーニングのクラスに犬と飼い主に通ってもらい、なぜ問題行動が起きるのか、なぜ運動や社会化が必要なのかということを教育していきます。
トレーニングを行うのはプロのドッグトレーナー。このような時間と技術の寄付は一般的に広く行われています。

医療費が支払えないという理由でシェルターに持ち込まれる動物も多くいます。治療が可能で適切な処置さえすれば犬と飼い主が一緒に暮らせる場合には、同プログラムのパートナーになっている動物病院を紹介して、低料金や分割払いでの治療を提供しています。
高齢や重症で回復が望めないと医師が判断した場合には、病院で飼い主に見守られながらの安楽死の処置を無料で行います。
これら金銭的な援助が生じた場合、飼い主には出来る範囲の負担とシェルターや団体でのボランティア活動をお願いする場合もあります。

それでもどうしても飼い主が動物を手放さざるを得ない場合には、DDRとFound Animalsが新しい飼い主または一時預かりを見つけるまでの間の数日間だけでも動物を手元に置いてもらうよう交渉し、動物がシェルターに入ることなく新しい家庭に移動できるよう手を尽くします。

プログラムの開始当初は年間で400頭の動物のシェルター持ち込みを食い止める事が目標とされていました。しかし開始から1年後の成果は予想を大きく上回って、実に2,041頭の動物のシェルター持ち込みを食い止めることができたそうです。内訳は犬1,789頭、猫241頭、うさぎ11頭です。

プログラム開始後最初の数ヶ月は、動物の持ち込みを食い止めるという目標自体は順調に達成していったもののカザレス氏を始めスタッフへの負担も大きく、厳しい財政状態からポケットマネーの持ち出しもある状態でした。
しかしこの画期的なプログラムがロサンゼルスタイムスやハフィントンポストなどのメジャーなメディアで取り上げられ注目を集め始めると、寄付や協力の申し出が多く寄せられるようになりました。
一番大きなものではアメリカ動物虐待防止協会からの資金バックアップによるクリニックの開設です。これは低所得者向けに無料の避妊去勢手術やワクチン接種を提供するもので、外飼いや飼育放棄での無計画な繁殖や病気の蔓延を防ぐために大きな役割を果たします。
またDDRとFound AnimalsはNKLAのネットワーク(過去記事参照)にも参加しており、このネットワークによって里親や一時預かり、搬送ボランティアを見つける事がとても容易になりました。
現在サウスLAの介入プログラムでは、シェルターの入り口で待っているだけではなく、地域の戸別訪問を行って犬の問題行動に悩んでいる人に無料トレーニングの案内をしたり、飼い犬や飼い猫の出産を繰り返している人に無料クリニックの紹介を積極的に進めています。人々がシェルターへ足を向ける前に問題を解決していこうというわけです。

ただ単にシェルターへの持ち込みを拒否したり説得して動物を連れて帰ってもらうだけでは根本的な問題は解決しません。世話をしてもらえない状態で手元に置かれる動物にとっても悲劇ですし、酷い場合には引き取ってもらえないならと山や路上に捨てる例も多くあります。
このサウスLAシェルターの保護団体介入プログラムは具体的にどうすれば持ち込みを食い止める事ができるのかを示して見せることで、他の地域のシェルター運営にも大きく影響を与え同種のプログラムも開始されています。

今年の6月に集計されたロサンゼルス市のアニマルシェルターにおける過去1年の殺処分率は約25%(治療不能な病気や怪我のための安楽死を含む)、毎年順調に低下し続けています。この数字にサウスLAシェルター介入プログラムが果たした役割が小さくないことは確かです。

2021/03/23

ファーストドッグ の報道から学ぶこと

前回書き下ろした記事がバイデン大統領の犬たちのことで、今回もまたメイジャーとチャンプのことです。

そんなにファーストドッグ が好きなのか?と聞かれれば、好きです😉
特に13歳のジャーマンシェパードであるご長寿チャンプは私の個人的「推し」の犬の一頭です。


メイジャー事件の真相

さて、今回の話題はチャンプではなくメイジャーが主役です。上の写真の右側の若くて黒いジャーマンシェパードです。

3月の上旬に「大統領の犬メイジャーがシークレットサービスのエージェントに攻撃的に咬みつき、ホワイトハウスからデラウェアのバイデン家に送り返された」という報道がありました。
ええっ!と驚いたのですが、続報を聞くと大したことは無さそうな感じで、翌日ワシントンポスト紙に詳細が報道されました。

噛まれた(咬むじゃない。英語でいえばbiteではなくnip)のはホワイトハウスに新しく配置されたシークレットサービスのエージェント。ドアを開けたら知らない男性が立っていたのに驚いたメイジャーがエージェント氏の手を軽く噛んでしまった。医療ユニットが処置をし、皮膚が少し赤くなっていたが歯も刺さっていないし出血もないとのことでした。

後日、バイデン大統領就任後初のテレビでのロングインタビューでは最後の質問として「ところでメイジャーはホワイトハウスから離れています?」と聞かれていました。インタビュアーは犬小屋と言っているけれど、これはホワイトハウスのこと。

メイジャーとチャンプがホワイトハウスから追放されたという報道を受けてのことです。

動画では4:00のあたりからです。 


大統領は 「答えはYes。ほら、メイジャーは保護犬だったんだ。誰かを咬んだり牙を立てたりはしてないよ。今回のことは彼らの住まいとしてのホワイトハウスそのものが原因じゃないかと思う。何しろドアを開けるたびに黒いジャケットを着た男がそこにいるんだからね。」

ホワイトハウスを離れてデラウェアの自宅にいるのは、追放されたのではなくて大統領とファーストレディーがどちらも公務でしばらくホワイトハウスを離れるためで、メイジャーがトレーニングを受けていることも言及しています。


トレーニング以前に必要なこと


大統領の愛犬が誰かを噛んだ事件は以前にも数件あり、最近ではジョージWブッシュ大統領のスコティッシュテリアのバーニーがリポーターの手に怪我を負わせたことがありました。
これはリードを付けて散歩していたバーニーにリポーターが近づき、バーニーが「来るな!こっち来るな!」と全身で警告していたのを完全に無視して(と言うか、多分撫でたら仲良くなれるくらいに思っていた)頭を撫でようとしたからで、あれで犬が責められたら理不尽過ぎるというものでした。

小型犬のバーニーと違ってジャーマンシェパードのメイジャーは「噛んだ」という言葉のインパクトも大きくなります。理不尽だけどね。


メイジャーの報道を受けて、SNS上には膨大な数のリプやコメントが寄せられていましたが、目についたのは「メイジャーは訓練所に預けたほうがいい」というもの。

どうして犬のトレーニングというと「預ける」という発想が増えるんでしょうね。そもそも犬が噛む(または咬む)理由のほとんどは何か脅威を感じたから防御するためです。違う場所で訓練しても、いつも居る場所に原因があれば意味がないのにね。

ドッグトレーナーのヴィクトリア・スティルウェル氏はメイジャーの件について「トレーニングではなくて環境を整えることが重要」と述べています。

ホワイトハウスというあまりにも特異な環境に連れて来られて、飼い主は今までのようにいつも一緒にいることができない、知らない人が入れ替わり立ち替わりやって来る。2歳の犬が混乱してしまうのも無理はありません。

ヴィクトリアは、犬たちが過ごす環境を制限して(多分、エリアを決めて人間がそこに立ち入る際のルールを明確にするということ)犬にとって予測不能なことが極力起こらないようにすることを勧めています。

大統領自身が「ホワイトハウスそのものが原因だと思う」と述べているので、きっと適切な対策が取られることでしょう。

犬にトレーニングは必要ですが、それは犬の行動を押さえつけるためではなく、犬と人間双方が快適に暮らせるためのコミュニケーションを学ぶためです。
トレーニングは重要なツールではあるけれど万能ではない。トレーニングをすれば全ての問題が解決するわけではありません。

ヴィクトリアが言っている「トレーニング以前の問題として環境を整える」というのはホワイトハウスという特殊な環境だけでなく、全ての飼い主が心に留めておきたいことです。

犬が吠えてばかりいて困ると言いながら、道行く人が常に見える窓の側を犬の居場所にしているなどは典型的な「トレーニングの前に環境を」の例です。

アメリカ大統領の犬の生活からも、私たちが考えて参考にできることがたくさんあるという一例です。犬の行動の基礎をしっかり勉強して(ここ大事!)色々な事例と照らし合わせて「どうしてこんな行動をしたのだろう?」と推理するのは実益を兼ね備えた楽しい趣味になり得ますよ。