2018/07/04

殺処分を減らすためにアメリカが選んだ方法

これは2012年に書いた記事で、いま読み返すとずいぶんと青臭くて恥ずかしい感じです。特に最後のNO KILLのくだりとかね。

この記事で紹介したマーヴィン・マッキー獣医師は現在も現役で活躍しておられます。マッキー先生がロサンゼルスの犬猫の殺処分数を減らすために立ち上がった1970年代に比べると、動物医療の研究も進み変化した部分もありますが、保護して譲渡するだけでなく「蛇口を締めることの大切さ」を訴えかけ働きかけた功績は、今の日本の現状にとって大いに参考になると思います


(以下dog actually 2012年3月掲載記事より)

前々回に書いた記事「ARK訪問記」で、大阪能勢町にあるアニマルレフュージ関西(ARK)さんを訪れた折のことでした。
私が「ロサンゼルスから来ました」と自己紹介をすると、アーク代表のエリザベス・オリバーさんが「ロサンゼルスにはマッキー先生がいますね。犬や猫の不妊手術の第一人者ですよ。マッキー先生は本当にユニークですごい人です。」と、ある獣医師のお話をして下さいました。

マッキー先生ことW・マーヴィン・マッキー氏は現在70代ながら現役で活躍されている獣医師です。
1976年にロサンゼルス市内に最初の避妊去勢手術専門のクリニックを開業し、現在は3軒のクリニックを運営しています。彼のクリニックは避妊去勢手術のみに特化することで、低価格で、より多くの手術を提供することに主眼が置かれています。

最初のクリニックが開業した1970年代はアニマルシェルターの動物の暗黒時代でもありました。ロサンゼルスだけでなく、アメリカのどこのシェルターも行き場のない動物でいっぱいで、貰い手のない動物達は次々に殺処分。

1971年にはロサンゼルス市では11万頭以上の犬と猫が殺処分されました。これは1960年に統計を取り始めて以来最悪の数字で、さすがに行政側がなんとかしなくてはと腰を上げた最初の年となりました。

LA市がとった方法はとにかく無制限に産まれて来る犬や猫の数を減らすことでした。そのためにアメリカで初めて公共サービスとして低価格での犬猫の避妊去勢手術のためのクリニックを設置したのです。

マッキー獣医師もその流れに乗る形で76年に最初のクリニックを開業するとともに、ペットの頭数過剰問題に積極的に取り組み始めました。

獣医師仲間と共同で次々に避妊去勢手術クリニックを開業し、公営私営を問わずアニマルシェルターと積極的に協力し合って、シェルターにいる動物は必ず避妊去勢手術を施してから新しい里親に引き渡すというシステムも確立していきました。
現在は自治体と協力して、一定の所得以下の飼い主は申請をすれば無料で避妊去勢手術が受けられるシステムも出来ています。



(illustration by PaliGraficas )


マッキー獣医師のアニマルバースコントロールクリニックの手術料金は70ドルです。
他には特別車両を使った移動式クリニックというのも多く、定期的に地域を巡回して手術を受け付けているシステムもあります。
自治体による移動クリニックは無料の場合が多く、そうでない場合も30ドル〜50ドルというのが相場です。

マッキー獣医師のクリニックでは1日平均40頭の動物の避妊去勢手術が行われます。この数字を可能にしているのはマッキー獣医師が発案した安全で簡便な手術法です。この手術法をアメリカ全土の獣医師に広めるための活動も幅広く行われて来ました。その一環として実施されたのが、実際の手術の様子を録画し多くの獣医療関係者に無料で配布することです。
(アークさんにもこの手術方法のDVDのコピーが用意されておりました。マッキー獣医師の活動は今やアメリカ国内に留まらず、ヨーロッパ、日本、オーストラリア、ブラジル、メキシコなど多くの地域に広まっています。)

これらの活動が開始された1970年代にはアメリカ全土で避妊去勢手術を施された犬の率は10%未満でした。猫にいたってはさらに酷く、その率は1%以下。
ロサンゼルス市を皮切りに全国で始まった避妊去勢手術の普及が功を奏し、現在では手術を施された犬の率は全体の3分の2以上に、猫は80%以上が手術済みとなっています。

そしてその結果、ロサンゼルス市では2007年に犬猫の殺処分数が史上最低の15,009頭にまで抑えられました。史上最悪だった1971年から見れば86%の減少です。

アメリカ全土で見れば、1970年には年間2000万頭の犬猫が殺処分されていたのですが、2011年には約300万頭にまで減少させることができました。(残念ながら08年と09年にはリーマンショックに端を発した極端な景気の悪化により、シェルターに連れて来られる動物の増加、シェルターから引き取られる動物の減少が起こり、殺処分数は増加してしまいました。2010年以降は再び緩やかに減少基調に戻っています。)
しかもASPCA(アメリカ動物虐待防止協会)によると、この40年の間に家庭で飼育されているペットの数そのものは約2倍に増えています。

確かに年間300万頭の犬猫が殺処分されているのは莫大な数字であり、まだまだ改善していかなくてはいけないことがたくさんあります。しかし避妊去勢手術の徹底によって殺処分数は確実に減らして行けることは実証されました。


(photo by jaminriverside )

先にも述べたように、アニマルシェルターや動物保護団体から動物を引き取る場合は、避妊去勢手術済みであることが大前提です。
しかし、ペットショップやブリーダーから購入した動物にまで避妊去勢手術を徹底させるためにアメリカはどのような方法を取ったでしょうか?
それは手術をすることで金銭的なメリットを発生させることです。

アメリカのほとんどの自治体では、犬を飼う際にドッグライセンスという名の犬の登録をしなくてはいけません。ライセンスは毎年更新しなくてはならず、その際にライセンス料を支払います。このライセンス料が、手術をしていない動物は手術済みの動物に比べて3〜5倍高くなります。

例えばロサンゼルス市の場合、手術済みの犬はライセンス料が年間20ドルであるのに対し、避妊去勢手術をしていない場合は100ドルになります。
ロサンゼルス市は避妊去勢手術の徹底に関しては厳しめで、条例には「原則としてペットには避妊去勢手術を施さなくてはならない。」と書かれています。
プロのブリーダーや、医療上の問題で手術ができない場合は所定の手続きを踏んで手術の延期または免除が認められます。

毎年支払うライセンス料で差を付けて、避妊去勢手術を受けさせることを徹底するというわけです。料金や差額については自治体によってかなりまちまちですが、ペットに避妊去勢処置をしないでいると毎年余分な出費があるというやり方はどの自治体も同じです。
こうして望まれずに産まれて来る命を減らすことが出来れば、シェルターの動物の環境も改善され、シェルターを訪れる人も増えます。訪れて悲しい気持ちになるような場所には人は集まらないですからね。

そしてネバダ州のリノ市のように公営シェルターながらNO KILLポリシーを掲げる所も出て来ました。これらリノのシェルターではNO KILL移行後は以前に比べて、犬の譲渡が51%増、猫の譲渡は2倍近くにまで増えました。

まだまだ殺処分ゼロに向けての道は遠いけれど、確実に良い方向には向かっています。いつの日かアメリカ全土のシェルターがNO KILLに変わることを願って、様々な活動に目を向けて行きたいと思います。

犬の避妊去勢、いろんな角度から

2016年に書いた記事です。この記事を書いた少し前に、犬の避妊去勢手術とガンや関節炎との関連についての論文が複数発表され、dog actuallyでも紹介されたという経緯があります。

それらの関連は無視できない問題ですし、特定のガンなどの発症率の高い犬種と暮らす人なら知っておきたい知識です。

けれども、そういう情報が発表されると見出しだけ見て本文は読まず「やっぱり避妊去勢とか不自然よねえ」という層に心底ウンザリもしていました。
そして避妊去勢無しでは成り立たない保護犬レスキューの世界を無責任に非難する人々や、安直な自家繁殖の格好の言い訳にする人々へのジリジリするような危機感も感じていました。

そんな「ウンザリ」や「危機感」への自分なりの返答として書いた部分もある記事です。

2018年7月現在、ウンザリもジリジリも解決どころか増幅しているんですけれどね😞😞😞


(photo by mariabostrom0 )


(以下dog actually 2016年6月13日 掲載記事より)
犬の避妊去勢と言えば、ほとんどの人は外科的な手術を思い浮かべることと思います。しかし医学の進歩とともに、手術以外の方法で避妊去勢をする方法も開発されています。アメリカのオレゴン州ポートランドには、手術以外の避妊去勢方法をバックアップするNPO団体があります。

団体の名はAlliance for Contraception in CATS&DOGS(「猫と犬の避妊法のための同盟」とでも訳しましょうか。以下ACC&D)。ACC&Dは直接犬や猫を保護して活動をするのではなく、ASPCAをはじめとするアメリカの主だった保護団体や保護基金、アメリカ以外の国の35団体、各地の獣医師団体、獣医学の研究施設、多数の小規模保護団体らのパートナーとして啓蒙教育活動を行っています。

アメリカでは犬に避妊去勢手術を施すことはとても一般的です。ロサンゼルスのように基本的に避妊去勢が条例で義務付けられている自治体も少なくありません(健康上の問題がある場合や許可を受けたブリーダーは例外)
各州政府や自治体が率先して避妊去勢を推進してきたために、過去40年の間に犬猫の殺処分数は10分の1以下に減少しています。

しかし健康上の理由などで手術を受けることができない動物、経済的な理由などで手術よりも簡便な方法が求められる地域などもあります。ACC&Dは「アメリカだけでなく、世界中各地で犬猫の頭数過剰問題を解決し、不幸な形でこの世を去る犬猫を減らすために避妊去勢を推進する。」という理念のもと、そのような手術以外の方法が必要な所に「こんな方法もある」という橋渡し役を務めています。

さて、気になる「手術以外の避妊方法」ですが、現在3つの
方法が取られています。

●Zeuterin/EsterilSol

これはどちらも製品として販売されている医薬品の名前です。生後3ヶ月以上のオス犬を対象にした方法で、アルギニンによって中和したグルコン酸亜鉛を犬の両方の睾丸に注射します。処置は一度だけ、鎮静剤のみの使用で全身麻酔は必要ありません。
処置により睾丸で精子が作られなくなり、避妊成功率は99.6%と発表されています。アメリカでは2014年2月から実用化されており、現在アメリカ食品医薬品局で認可されている唯一の犬の避妊薬です。

●Suprelorin

これも製品名です。生後6ヶ月以上のオス犬を対象にした方法で、性ホルモンの作用を阻害する物質をマイクロチップのように皮下に埋め込むことで、成分が継続的に供給されて効果を発揮します。
性腺を除去してしまう外科手術と異なり、性ホルモンのテストステロン値が未処置の場合の50%程度は分泌されるため、猟犬など去勢によって能力が低下することを危惧する場合にも勧められています。現在はオーストラリア、ニュージーランド、EU諸国において認可されています。


●黄体ホルモン擬似物質の投与

犬猫/オスメスの両方を対象にしており、注射または経口で投与します。黄体ホルモンが分泌されると性腺刺激ホルモン放出ホルモンが分泌されなくなりますが、擬似物質の投与で同じ働きをさせる方法です。アメリカでは副作用の懸念などから推奨されていませんが、複数の国では実際に使用されています。


(photo by framirezle0 )

どのような医療処置にもリスクと利益の両方があるように、これらの方法も手放しでどんな動物にも勧められるというものではありません。
けれども1番目に挙げたZeuterinなどはアメリカ国内の過疎地域、アフリカ諸国、南米諸国など、通常の動物病院が極端に少なくワゴン車の移動動物病院のみが頼りというような場所では、手術よりもずっと簡便なこの方法が犬の頭数過剰問題や野良犬の問題を解決するのに大きく貢献しています。

猫に対する手術以外の避妊方法も改善や開発が進めば、TNRや地域猫活動が容易になっていくことでしょう。このように犬や猫の避妊去勢処置は、社会全体の問題であることもしばしばあります。よく「アメリカでは頭ごなしに避妊去勢を勧めている」と、ややもすれば批判的な言葉を目にすることもありますが、犬猫の頭数過剰や殺処分を社会全体の問題として捉え、確実に成果を上げてきたのが現在のアメリカが取った方法です。そして現在の日本も、社会全体を見渡した時には避妊去勢の処置は不要とは言えない状態だと思います。

もちろん個々の家庭の愛犬たちが避妊去勢処置をするかどうかは、飼い主がリスクと利益を考えて結論を出すべき問題ですが、この「社会全体を見渡す」ことで変化することもあるのではないでしょうか。
避妊去勢手術が健康に及ぼす影響などが発表されるとレスキュー活動をしている人たちが批判されたりなどというのはその変えなくてはいけない最たるもので、どうかいろんな角度から広い視野で見渡す人が増えて欲しいと切に願います。

避妊去勢手術を受けたことで罹患率が高くなる病気もあるし、手術をすることでリスクが低くなる病気もある。
そしてそれ以前に、野放しの繁殖の結果として殺処分になる動物たちがいる。

ACC&Dがアメリカ国内だけでなく、アフリカや南米諸国の社会情勢や宗教、文化までを視野に入れて不幸な犬が増えないように運動している様を知り、犬の避妊去勢をいろんな角度から考えることで新しく見えてくることもあるのではないかと考えています。

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pic by  Mohamed_hassan from Pixabay 犬の不妊化手術(避妊去勢)の新しい流れ 犬の不妊化手術は飼い主にとって「どうする?」 の連続です。 10年ほど前に不妊化手術による健康上の影響についての研究結果が発表されるようになってからは、さらに悩みも増...