2020/09/14

UCデイビス校獣医学部によるミックス犬体重別避妊去勢手術ガイドライン

カリフォルニア大学デイビス校獣医学部が、35の犬種について避妊去勢手術と関節障害やガンのリスク増加の関連、それに伴う手術のガイドラインを発表したことをお伝えして来ました。
UCデイビス校獣医学部による35犬種の避妊去勢手術ガイドライン

研究チームは35犬種に続いてミックス犬の避妊去勢と疾患の関連、それに伴って避妊去勢手術の体重別ガイドラインも発表しました。
以前の犬種別の論文で使用されたのと同じデータベースを使用して、体重を5段階に分けたミックス犬のデータ分析が行われました。

調査の対象となったのは、関節障害では股関節形成不全、前十字靭帯断裂、肘関節形成不全の3種類、ガンではリンパ腫、肥満細胞腫、血管肉腫、骨肉腫の4種類です。
他にメス犬の乳腺腫瘍(早期避妊によって発病率が低下すると言われている)、子宮蓄膿症(避妊手術によって完全に予防できる)、尿失禁(避妊手術の影響で発症することがある)についても調査されていますが、これらについては実際に発病が増加する10歳以降のデータはほとんど含まれていない点は注意が必要です。
以上の条件は全て、純血種35種のガイドラインと共通するものです。

体重のカテゴリーは、10kg未満、10kg以上20kg未満、20kg以上30kg未満、30kg以上40kg未満、40kg以上の5段階でした。順を追って調査結果を記していきます。



体重10kg未満



研究対象となったのは計739頭。内訳は、未去勢オス152頭、去勢済みオス201頭、未避妊メス148頭、避妊済みメス238頭。

関節障害は未去勢オスで1例、未避妊メスの5%で報告されているが、オスメス共に避妊去勢によるリスクの増加は見られませんでした。
ガンは未去勢オスで7%、未避妊メスで2%、オスメス共に避妊去勢によるリスク増加は見られませんでした。

未避妊の6%と、2〜8歳での避妊手術をしたうちの5%が乳腺腫瘍と診断されています。
子宮蓄膿症は未避妊の3%で診断されました。尿失禁はありませんでした。  

純血種の多くの小型犬と同じく、10kg未満のミックス犬では避妊去勢手術による関節障害およびガンのリスク増加の関連は見られませんでした。
避妊去勢手術をする場合はかかりつけの獣医師と相談の上で決定することが大切です。


体重10kg以上20kg未満


研究対象となったのは計546頭。内訳は、未去勢オス94頭、去勢済みオス114頭、未避妊メス90頭、避妊済みメス248頭。

関節障害は未去勢オスと去勢済みオスに各1例ずつ、未避妊のメスでは5%で確認されましたが、避妊去勢手術によるリスクの増加はありませんでした。
ガンは未去勢オスでは7%、未避妊メスでは2%で確認され、やはり手術によるリスクの増加は見られませんでした。

未避妊の7%と、2〜8歳での避妊手術をしたうちの4%が乳腺腫瘍と診断されています。
子宮蓄膿症は未避妊の5%で診断されました。尿失禁は6ヶ月齢〜1歳の期間に避妊手術をしたメスの4〜6%で確認されました。  
10kg未満のグループと同じく、避妊去勢手術と関節障害およびガンのリスク増加の関連は見られませんでした。
避妊去勢手術をする場合はかかりつけの獣医師と相談の上で決定することが大切です。


体重20kg以上30kg未満



研究対象となったのは計992頭。内訳は、未去勢オス154頭、去勢済みオス257頭、未避妊メス129頭、避妊済みメス452頭。
このグループは避妊去勢と疾患の関連についての研究のきっかけとなったゴールデンレトリーバー 、ラブラドール、Gシェパードなどの犬のサイズカテゴリーです。

関節障害は未去勢オスでは3%、去勢時に6ヶ月齢未満と6ヶ月齢〜1歳未満ではどちらも5%に上昇しました。未避妊のメスでは4%で、避妊手術時6ヶ月齢未満では10%、6ヶ月齢〜1歳未満では12%と大幅に上昇しました。
オスメス共に1歳を超えてからの手術では関節障害の発病は増加しませんでした。
ガンは未去勢オス未避妊メス共に3%で確認されたが、手術によるリスクの増加は見られませんでした。

乳腺腫瘍は未避妊の4%と、2〜8歳での避妊手術をしたうちの2%が診断されています。
子宮蓄膿症は未避妊の5%で診断されました。尿失禁は1歳未満で避妊手術をしたメスの3%で確認されました。  
推奨されるガイドラインは、関節障害のリスク増加の点からオスメス共に1歳以降に手術をすることとしています。


体重30kg以上40kg未満


研究対象となったのは計604頭。内訳は、未去勢オス176頭、去勢済みオス196頭、未避妊メス57頭、避妊済みメス175頭’。

関節障害は未去勢オスでは8%で、6ヶ月齢未満の去勢では17%に、6ヶ月齢〜1歳未満では11%と増加リスクが上昇している。未避妊のメスでは関節障害の例は0だったが、6ヶ月齢未満の避妊手術では10%、6ヶ月齢〜1歳未満では23%と大幅に増加しました。
ガンは未去勢オスの発生率は15%で、有意とまでは言えないものの去勢されたグループよりも高かった。未避妊メスでは13%で確認され、やはり避妊済みのグループよりも有意とまでは言えないものの高かった

乳腺腫瘍は未避妊の2%と、2〜8歳での避妊手術をしたうちの4%が診断されています。
子宮蓄膿症は未避妊の7%で診断されました。尿失禁は6ヶ月齢未満で避妊手術をしたうちの9%で診断されました。  

推奨されるガイドラインは、関節障害のリスク増加の点からオスメスともに1歳以降に手術をすることで、これはメスの尿失禁のリスク回避にもなります。



体重40kg以上


研究対象となったのは計258匹。内訳は、未去勢オス88匹、去勢済みオス107匹、未避妊メス17匹、避妊済みメス46匹。

関節障害は未去勢オスでは9%で、6ヶ月齢未満の去勢では28%に、6ヶ月齢〜1歳未満では11%、1歳での手術でもなお11%と増加リスクが上昇している。未避妊のメスでは関節障害の例は17%で避妊手術による増加は見られませんでした
ガンは未去勢オスの発生率は10%、未避妊メスでは6%で確認され、避妊去勢手術による増加は見られませんでした

乳腺腫瘍の発生は確認されず、子宮蓄膿症は未避妊の16%で診断されました。(ただし、どちらもこの体重カテゴリーの未  避妊メスのサンプル数の少なさは考慮する必要があります)尿失禁は6ヶ月齢未満で避妊手術をしたうちの9%で診断されました。  

推奨されるガイドラインは、関節障害のリスク増加の点からオスでは2歳以降の手術を、メスでは関節障害の増加は見られませんが超大型犬は筋骨格の成長スピードが遅いことから手術をする場合は1歳以降を推奨します。


ガイドラインまとめ

それぞれの体重別のガイドラインは以上です。
このリサーチの主要な発見の1つはミックスまたは雑種と呼ばれる犬であっても、体重と避妊去勢と関節障害のリスク増加に関連性が見られたことです。

体重20kgを境にして、これを越えると早期の避妊去勢手術によって関節障害が発病するリスクが高くなっています。
体重20kg未満の犬では避妊去勢による関節障害リスクの増加は見られません。

ガンに関しては全ての体重カテゴリーで避妊去勢手術との明確な関連はありませんでした。これはミックス犬が持つ様々な犬種の多様性が、特定の犬種固有の対ガンの脆弱性を薄めていると言えそうです。

ミックス犬または雑種犬と避妊去勢手術というテーマで、最も大きな問題はその多くが保護犬であるという点でしょう。
アメリカの多くの州では、レスキューグループや保護施設が犬を譲渡する際には避妊去勢手術済みであることが法律で義務付けられています。そのような場合は「手術は1歳過ぎてからにしましょう」というような選択肢はありません。
かと言って、このようなガイドラインが無駄だというわけではありません。
成犬になった時の体重が20kgを越える犬は、関節障害のリスクが最大で20%程度高くなることを考えて、体重過多にならないよう管理をしっかりする、適切な運動で筋肉を保つ、定期的な健康診断を欠かさないなど対策をとっておきましょう。

犬の関節障害に関しては犬種ごとの遺伝子研究が多く行われています。まだ疾患に関連する遺伝子の特定はできていませんが、遺伝子座(遺伝子の位置)までは判ってきています。(ものすごくザックリ言いますと「これだ」と特定はできないが「だいたいこの辺りの遺伝子」という目星は付いているという状態です。)
股関節形成不全や前十字靭帯断裂などの遺伝子検査ができるようになれば、無駄に不安を抱える必要が無くなりますね。
イギリスでは関節障害のある犬を徹底して繁殖から外すよう管理した結果、ラブラドールやロットワイラー、ジャーマンシェパードなどの健全性が高くなっているという報告もあります。
避妊去勢手術は確かにリスク要因になり得ますが、遺伝的要因という最大のリスク要因があるということは多くの飼い主さんに知っておいていただきたい点です。


最後に

上にも書いた通り、保護犬にとって避妊去勢手術は避けて通れない道です。
この点については次の記事で、ロサンゼルス市が辿って来た歴史、殺処分率を下げるために奮闘して来られた獣医師について書きたいと思います。

それにしてもカリフォルニア大学デイビス校獣医学部はアメリカの獣医学教育のトップレベルだと思うのですが、なぜ従来の避妊去勢手術のリスクを挙げるばかりで精管結紮や卵管結紮(または卵巣温存)などの代替手段に全く言及しないんでしょうね😒




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