2023/04/20

従来の不妊化手術と性腺温存型不妊化手術を比較

pic by Mohamed_hassan from Pixabay

犬の不妊化手術(避妊去勢)の新しい流れ

犬の不妊化手術は飼い主にとって「どうする?」の連続です。10年ほど前に不妊化手術による健康上の影響についての研究結果が発表されるようになってからは、さらに悩みも増えました。

従来の不妊化手術はオスならば陰嚢を切開して精巣を摘出、メスならば卵巣と子宮を摘出または卵巣のみを摘出します。精巣や卵巣は『性腺』であり、生殖のための精子や卵子を形成する他に性ホルモンを分泌する器官でもあります。性腺を取り除くことで性ホルモンの分泌がなくなることが、手術後の健康に良くも悪くも影響を与えると考えられています。

近年アメリカでは性腺を温存する不妊化手術の方法が人気を集めつつあります。オスの場合は精管切除(俗にいうパイプカット)メスの場合は卵巣を温存して子宮だけを摘出または卵管結紮が主なものです。手術以外では、オスの睾丸に避妊薬を注射またはオス犬に性ホルモンの作用を阻害する物質をマイクロチップのように皮下に埋め込むという化学的去勢と呼ばれる方法もありますが、家庭犬ではごく少数です。

2023年3月アメリカ獣医師会の会誌にクリス・ジンク獣医師のチームによって「犬における精管切除および卵巣温存避妊手術と性腺摘出または未避妊との健康および行動の比較」という論文が発表されました。ジンク獣医師は犬のスポーツ医学を専門としています。従来の不妊化手術である性腺摘出の方法では前十字靭帯断裂や股関節形成不全など整形外科的な疾患との関連が取り上げられているので、スポーツ医学専門医による調査は「なるほど」という感じです。


不妊化手術の有無と手術法の比較調査

ジンク獣医師の論文は、性腺を温存する不妊化手術を受けた犬と性腺を摘出する不妊化手術を受けた犬そして不妊化手術を全く受けていない犬の健康状態と行動を比較調査したものです。

(これ以降、性腺を温存する手術法は「精管切除」「卵巣温存」性腺を摘出する手術法は「従来の手術」と表記していきます。どちらの方法であれ手術をしていない場合は「未避妊」と表記します。)

調査は犬の飼い主へのアンケートという形で行われました。参加者はニューヨーク市のGood Dogという団体の会員向けニュースレターまたはFacebookを通じて募集されました。この団体は責任ある犬の繁殖を推進することをテーマに、優良ブリーダーまたは保護団体と飼い主の橋渡しを行なっています。

アンケートの内容は、犬の名前、体重、現在生きているかどうか、年齢(亡くなっている場合は死亡時の年齢)、不妊化の状態、不妊化している場合は手術の種類(精管切除か卵巣温存か従来の手術か)、その手術法を選んだ理由、手術時の年齢未避妊の場合はその理由、などがありました。

健康状態についての質問では、関節など整形外科的な疾患、ガン、甲状腺など内分泌疾患、肥満、生殖疾患、その他の疾患の診断の有無、診断時の年齢。行動についての質問では、攻撃性、不安、恐怖、その他問題行動(マーキング、マウントなど)について設定されていました。

集められた回答をロジスティック回帰分析、生存分析、記述統計を用いて、不妊化の状態と結果との関係を評価しました。
 ・ロジスティック回帰分析 いくつかの要因から(この場合は不妊化状態や年齢など)
  「ある事象の発生率」を分析する方法
 ・生存分析 ひとつの事象が発生するまでの予想される期間を分析する方法
 ・記述統計 収集したデータの平均や分散などを計算して分布を明らかにし、
  データの示す傾向や性質を把握する方法

アンケート調査の回答

集められた有効な回答は6,018件で、回答者の70%はアメリカ、16%がカナダからでした。

犬の平均年齢は8.85歳(1歳から21歳)

体重分布
4.5kg未満    3%
4.5〜 9.1kg   11% 
9.2〜18.2kg  21%
18.3〜27.3kg   33%
27.4〜36.4kg.  23%
36.5〜45.5kg  6%
45.5kg以上     4%

オス犬の生殖状態
未避妊     1,056
従来の去勢手術 1,672
精管切除      58

メス犬の生殖状態
未避妊        792
従来の不妊化  2,281
卵巣温存       159

・整形外科的問題(前十字靭帯損傷、股関節形成不全など)

全体モデルは統計的に有意(=相関関係が統計的に偶然とは考えにくい)でした。
関節や靭帯など整形外科的な疾患は性腺摘出(従来手術)と共に増加していました。
整形外科的疾患と診断された犬の数は
未避妊のオスでは72頭(7%)、未避妊メスでは26頭(3%)
従来の手術のオスでは353頭(21%)、従来手術のメスでは442頭(19%)
卵巣温存メスでは12頭(8%)、精管切除オスについては記載なし
年齢が高くサイズが大きくなるほど整形外科的疾患が増加していました。

・ガン(血管肉腫、リンパ腫、肥満細胞腫、骨肉腫、他すべての悪性新生物)

全体モデルは統計的に有意でした。
何らかのガンと診断されたことのある犬は従来の手術のオスでは464頭(28%)、従来の手術のメスでは582頭(26%)。
精管切除オスと卵巣温存メスの合計では23頭(10.6%)、未避妊のオスとメスの合計では205頭(11%)でした。

ガンと診断された年齢では、不妊化手術前(従来の手術)に診断された犬は98頭(2.5%)で診断時平均年齢は7.63歳。手術後にガンと診断された犬は942頭(23.8%)で診断時平均年齢は10.15歳。
精管切除と卵巣温存では手術前にガンと診断された犬はおらず、ガン診断時平均年齢は9.18歳。
未避妊の犬ではガン診断時平均年齢は9.3歳。
従来の手術の犬は全体的にガンと診断された数が多かったが、診断の年齢が遅い。性腺が存在した期間が長いほど、ガン診断の年齢が遅いという相関も見られた。
メス犬の乳腺腫瘍では、未避妊26頭(3.2%)従来の手術を受けた犬のうち手術前の診断が39頭(1.7%)手術後の診断が42頭(1.8%)卵巣温存では4頭(2.5%)でした。

・肥満

全体モデルは統計的に有意でした。
未避妊オスでは2頭(0.19%)未避妊メスでは0頭
従来手術のオスでは91頭(5%)従来手術のメスでは100頭(4%)
卵巣温存のメスでは1頭(0.6%)精管切除オスについては記載なし
ガンと違って、性腺が存在した期間の長さや年齢と肥満との間に関連は見られませんでした。

・内分泌疾患(甲状腺疾患、糖尿病など)

全体モデルは統計的に有意でした。
未避妊オスでは45頭(4%)未避妊メスでは12頭(1.5%)
従来手術のオスでは107頭(6%)従来手術のメスでは163頭(7%)
精管切除および卵巣温存については記載なし
性腺が存在する期間の長さは内分泌疾患の有無と関連が見られませんでした。

・生殖器疾患(子宮蓄膿症、前立腺炎など)

全体モデルは統計的に有意でした。
未避妊オスでは71頭(7%)、未避妊メスでは33頭(4%)
従来手術のオスでは6頭(0.4%)、従来手術のメスでは60頭(3%)
卵巣温存のメスでは11頭(7%)精管切除オスについては記載なし
性腺が存在する期間が長いほど生殖器疾患の確率が高くなっていました。

・その他の健康問題(心臓、腎臓、歯、目など)

全体モデルは統計的に有意でした。
その他の疾患の診断を受けた犬は
未避妊オスでは139頭(13%)、未避妊メスでは67頭(8%)
従来手術のオスでは288頭(17%)、従来手術のメスでは586頭(26%)
精管切除および卵巣温存については記載なし
性腺が存在する期間が長いほど、その他の健康問題を持つ確率が低下していました。
その他健康問題は年齢と体のサイズが大きくなるにつれて増加していました。

・問題行動(攻撃性、不安や恐怖に関連するもの)

全体モデルは統計的に有意でした。
未避妊オスでは373頭(35%)、未避妊メスでは221頭(28%)
従来手術のオスでは881頭(53%)、従来手術のメスでは939頭(41%)
卵巣温存メスでは69頭(43%)精管切除オスについては記載なし
性腺が存在する期間と体のサイズが大きくなるにつれて問題行動の発生は低下していました。

マーキングやマウントについては
未避妊オス133頭(13%)、未避妊メス32頭(4%)
従来の手術のオス187頭(11%)、従来の手術のメス133頭(6%)
精管切除のオス12頭(21%)、卵巣温存のメス16頭(10%)
不妊化の状態に関わらず、オス犬で有意に高くなっていました。
性腺が存在する期間が長いほど、マーキングやマウントは低下しました。

・生存期間の分析

生存期間、いわゆる寿命を犬の不妊化の状態によって分析したところ、未避妊の場合はオスメス共に従来の手術、精管切除、卵巣温存に比べて寿命が短いことがわかりました。

不妊化手術は性腺温存法に切り替えるべきなのか?


6,000頭以上の犬の飼い主から集められた回答の分析結果を簡単にまとめますと
  • 整形外科的疾患ー未避妊または卵巣温存では少ない
  • ガンー従来の手術法では未避妊よりも診断数が多い
  • 肥満ー従来の手術法と卵巣温存では未避妊よりも多い
  • 生殖器疾患ー従来の手術法でオスメス共に少ない
  • 問題行動ー未避妊では手術済みよりも少ない
これらは過去に発表された研究とほぼ一致しています。

この調査は、性腺を温存する精管切除や卵巣温存子宮摘出の不妊化手術を受けた犬の健康と行動を、未避妊または従来の性腺摘出の手術法を受けた犬と比較した初めてのものです。
分析結果からは精管切除や卵巣温存の方法は従来の手術よりも健康状態や行動面でより良い結果が得られる可能性が示されました。

では不妊化手術の方法は性腺温存方法に切り替えていくべきなのでしょうか?これについては研究者自身が「さらなる研究が必要である」と述べています。

この調査のデータは飼い主の記憶から得たもので、正確でなかったりバイアスがかかっている可能性という制限があります。さらに精管切除と卵巣温存のサンプル数が圧倒的に少ないことから、他と比較してグループ間の差を検出する際の正確性が低下した可能性もあります。

論文の中でも紹介されているアメリカ動物繁殖学者協会による性腺温存不妊化手術への見解は非常に参考になりますので、以下に要約します。

「卵巣温存子宮摘出術、卵管結紮、精管切除、化学的去勢などの性腺温存不妊化手術と、性腺を摘出する従来の不妊か手術との比較についてのアメリカ動物繁殖学者協会および動物繁殖学会は以下のように考えています。手術をするか否か、どの方法を取るか、実施する年齢はケースバイースであり、犬種、性別、健康状態、手術の目的、家庭環境、気質を考慮して飼い主と獣医師の間で決定されるべきです 。 

現時点でのエビデンスは決定的なものではないので、ガンの発生率や寿命について性腺がもたらすリスクとメリットのメカニズムが明確に理解されるまでは、不妊化手術の種類についての推奨は慎重にするべきです。

性腺温存不妊化手術 にもリスクがあります。卵巣温存法では子宮と子宮頸管を完全に切除します。子宮が一部でも残っていると性ホルモンにさらされ続けるため子宮膿腫などが発生するリスクがあります。子宮を全摘した後の膣壁は子宮頸部があった時のような強度は失われます。しかし卵巣が残っているためヒートは訪れ、未去勢のオス犬は惹きつけられます。強度が失われた膣壁で誤って交尾した場合、膣壁の剥離や腹膜炎によって生命を脅かす可能性があります。ヒートが訪れるものの子宮がないため血性分泌物が出ることがなく、飼い主がヒートに気づきにくくなるという点も大きなリスクです。卵巣温存に対応しているクリニックや病院が少ないことから、上記のようなアクシデントへの適切な対応が遅れる可能性もあります。

 また卵巣温存で不妊化手術をした犬が、後に卵巣に何らかの疾患を持った場合、卵巣を持ち上げている子宮が存在しないため卵巣の病変を取り除く外科処置が困難になる可能性があります。

オス犬の精管切除は受胎は防止しますが、テストステロンの産生や交尾能力には影響を与えません。また前立腺や精巣の病気の可能性は未避妊の場合と変わりません。」

 

精管切除も卵巣温存も、生殖能力は無くなるものの発情期の行動などは未避妊の場合と同じなので、飼い主は注意が必要です。特にメス犬の場合は上記のような理由で、ヒート中の行動には細心の注意で臨まなくてはなりません。

性腺が存在した期間の長さが将来の健康や行動に影響するのであれば、従来の性腺摘出の手術法を犬が完全に成犬になるまで遅らせることでリスク回避になる可能性もあります。

この調査はアメリカとカナダの飼い主がメインになっているため、犬の多くが大型犬であり、不妊化手術後の影響を受けやすいことも考慮に入れておく必要があります。過去の研究では、ほとんどの小型犬は不妊化手術後の整形外科的疾患やガンの発病に影響がありません。

論文著者や動物繁殖学者協会が 「ケースバイケースで獣医師とよく相談して」と書かれている通り、全ての犬にベストな唯一の方法というのは無いのです。

2020年にカリフォルニア大学デイビス校が発表した35犬種の不妊化手術ガイドラインのことを書いた記事を貼っておきます。

UCデイビス校獣医学部による35犬種の避妊去勢手術ガイドライン
35犬種の避妊去勢手術ガイドライン2 犬種別A~B
35犬種の避妊去勢手術ガイドライン3 犬種別C~E
35犬種の避妊去勢手術ガイドライン4 犬種別G~M
35犬種の避妊去勢手術ガイドライン5 犬種別P~Y
UCデイビス校獣医学部によるミックス犬体重別避妊去勢手術ガイドライン



そして忘れてはいけない犬の不妊化の社会的側面 

ここで紹介した調査研究は、それぞれの犬に最も適した不妊化手術の方法を決めるためのデータとして重要なものです。論文著者は性腺温存の不妊化手術を推奨しているわけではなく、この調査によって得られたエビデンスは、アメリカ獣医師会が2021年に発表した声明を支持するものだとしています。

アメリカ獣医師会の声明とは上記でリンクを貼ったカリフォルニア大学デイビス校の研究の直後に発表されたもので、「同会は獣医師が個々の患者について不妊化手術の潜在的リスクと利益を十分な情報によって全て考慮した上で、ケースバイケースの専門的判断を奨励します」としています。

UCデイビス校の研究はアメリカ獣医師会の中でも物議をかもし、少なからず批判もあるようです。しかし性腺摘出という従来の方法であっても、手術の時期を考慮することで健康や行動上のリスクを回避できる可能性は今回の調査でも示されました。ひとつの研究結果だけでなく、多くの研究機関や研究者によって違う角度から調査や研究された結果が重要であることがよくわかります。

繰り返しになりますが、全ての犬にとって理想的な不妊化手術の方法というものは無く、さまざまな固有の要因を飼い主と獣医師がひとつひとつチェックしながら最適解を探すしかないのです。研究結果はそのための有効なツールのひとつです。


そしてもうひとつ。

不妊化手術による健康への影響が取り上げられるたびに繰り返している「犬や猫の不妊化は医療上の問題の他に社会全体の問題でもある」という面も多くの人に心に留めておいて欲しいと思います。

下のリンクはUCデイビス校のガイドラインの後に当ブログに書いたものです。

犬や猫の避妊去勢は社会の問題でもある

(当時は避妊去勢という言葉を使っていたのですが、日本では不妊手術という言葉の方が一般的になっている流れを感じて、最近は不妊化手術という言葉を使っています。不妊手術ではなく「不妊化」にしているのは私のこだわりです。)

不妊化手術の影響についての話題が上がると、毎回ほぼ必ず「保護団体から言われて何も考えず手術してしまった」「保護犬も健康上の影響を考えるべき」という声が聞こえてきます。

手術の時期を遅らせているうちに殺処分になったり、手術を待つ間コンクリートの犬舎暮らしになることを考えると、たとえ将来の病気のリスクがあるとしても早く家庭に迎えられる方が動物福祉の上で望ましいと言えます。

精管切除や卵巣温存を採用した後の管理リスクなどを考慮すると、動物保護団体やアニマルシェルターの動物には向かないこともお分かりいただけると思います。

長くなりましたが、何らかの参考にしていただければ幸いです。



《参考URL》
Vasectomy and ovary-sparing spay in dogs: comparison of health and behavior outcomes with gonadectomized and sexually intact dogs
https://doi.org/10.2460/javma.22.08.0382

American College of Theriogenologists’ position statement on gonad-sparing sterilization procedures

2022/04/27

結局のところ犬の拡張型心筋症とフードに関連はあったのか?

 

Mat CoultonによるPixabayからの画像 

2018年7月にアメリカ食品医薬品局(U.S. Food and Drug Administration=FDA)が「獣医療機関から犬の拡張型心筋症(DCM)の症例が増えていると報告が届いている。患者の犬に共通していたのは、エンドウ豆、レンズ豆、ひよこ豆その他豆類やポテトを主原料とするフードを食べていることだった」という警告を発表しました。

そして約1年後の2019年6月に、新しいデータや証拠は何もない状態ながらFDAは拡張型心筋症と診断された犬が食べていたフードで10例以上の患者があった16ブランドを発表しました。(Acanaのフードが狙い撃ちにされていたのを覚えている方も多いはず!)

その後2021年8月にアメリカのタフツ大学獣医学部が「豆と芋を多く使っているフード」vs「豆と芋が含まれないフード」を比較分析した論文を発表しました。

グレインフリーフードと心臓病に関する新しい論文

上にリンクを貼った当ブログの記事にも書いていますが、この研究を発表したタフツ大学の研究所はネスレピュリナ社が出資したもので、この問題に関して独立した研究機関とは言えません。また上記の記事で紹介した論文の結論も仮説にとどまっており、結局は曖昧なままです。

では独立した研究機関による調査報告はなかったのか?

この点について、動物科学者/動物栄養士であるリンダ・ケース氏がご自身のブログにグレインフリーフードと拡張型心筋症に関する研究をリストアップして、その結果を検証していました。

簡単にざっと紹介しますと

2020年にアメリカのカンザス州立大学が発表した研究では、実験用に作った穀物使用フードと穀物フリーフードを2週間それぞれ6頭ずつのビーグルに与えて、便に排出された胆汁酸の量を調査しました。胆汁酸はタウリンと結び付いているので、これを調べることで体内のタウリンの状態が分かります。結果はタウリンの状態は穀物の有る無しの影響を受けていませんでした


2021年4月には、イタリアのナポリ大学が、市販の穀物フリーフードを1つのグループに、同じメーカーの穀物が使用されているフードをもう1つのグループに50日間与えて血中および血漿中のタウリン濃度を測定しましたが、やはり違いが見られませんでした。


2021年5月のカナダのサスカチュワン大学による研究では、豆類のような食物繊維を多く含むフードを長期的に与えるとタウリンの状態に影響する可能性が指摘されました。米(穀物)及び5種の豆類で6パターンのフードを作り、それぞれをビーグルに7日間与えた結果、食物繊維の多い豆類のフードではアミノ酸消化率の低下が見られたが血漿中のタウリン濃度は正常に保たれた。長期的にタウリンの状態に影響を与える可能性は上記下線のアミノ酸消化率の低下が理由です。


2021年10月にはセントキッツネイビス連邦のロス大学獣医学部が、タンパク質源がエンドウ豆タンパクの植物性フードと従来の動物性タンパク質フードをそれぞれ12週間与える対照実験を行なっています。植物性フードを与えられた犬たちは4週目で血中および血漿中のタウリン濃度が高くなっていました。12週後の測定では血液や心臓に臨床的な変化は認められませんでした。


2021年11月アメリカのイリノイ大学もビーグルを使って対照給餌実験を行い、その結果を発表しています。原材料の45%を緑レンズ豆で作ったフードと、チキンミールを使ったフードを3ヶ月間与えて、血中および血漿中のタウリン値を測定したところ、2つのフードに差異は見られませんでした。

上記のように2020年から2021年の間に主に犬の体内のタウリンの状態を調べるためにフードの比較実験が複数行われたわけですが、ものすごくザックリと簡単に平たくまとめると......

「炭水化物が豆か米か」または「タンパク質が豆かチキンミールか」で比べたけれど、豆を使ったらタウリンが不足して心臓病につながるという確固とした証拠は見つからなかったよ! ってことです。

これらの研究は同じ条件で飼育されている研究用ビーグルを使って緻密に調査されているのですが、豆の割合が市販のフードでは見られないほど高かったり、動物性タンパク質のグレードがチキンミールまたはチキン副産物ミールで、過去に標的にされた”プレミアムフード”としての穀物フリーフードと比較するには無理があるなあという印象も持ちました。

豆を使用したフードで焦点となるのが食物繊維の多さなら、大豆ミールやコーンミールを使ったフードでも植物性の食物繊維の量はかなり多いはずで、参考にはなるが決め手にはならないという感じです。

Sanna JågasによるPixabayからの画像 

 しかし、2022年3月にアメリカのBSMパートナーズという獣医栄養学調査機関とミズーリ大学獣医学部が発表した調査結果は全く違う視点のものでした。フードの成分ではなく2010年以降のグレインフリーフードの売り上げと犬の拡張型心筋症の発症数の推移を比較してみたのです。

私がニコを迎えた2005年には穀物フリーのフードというのはまだ販売されていませんでした。穀物を使っていないことを売りにしたフードが出始めたのは2010年です。ちょうど人間の食べ物でもグルテンフリーが脚光を浴び始め、小麦を敬遠する人が目立ち出した頃です。

ペットフードでは小麦の他にコーンも粗悪原材料の筆頭に挙げられていたので、小麦やコーンを使っていないというのが穀物フリーフードのスタート地点だったと記憶しています。

話を調査研究の内容に戻しましょう。

穀物フリーフードまたは豆類を多く使ったフードを食べることで犬の拡張型心筋症が増えるなら、穀物フリーまたは豆類多めフードの売り上げ増加に比例して犬の拡張型心筋症も増えるはずでは?という仮説に基づいて、フードの売り上げと拡張型心筋症の発症数が調査されました。

穀物フリーフードが市場に存在していなかった2009年、当然ながら市場でのシェア率はゼロでした。10年後の2019年には穀物フリーフードの市場でのシェア率は全体の29%、ドライフードだけを見ると43%を記録しました。金額ベースで言えば2011年の9億ドルから2019年には54億ドルと6倍になっています。

では拡張型心筋症の方は増えていたのでしょうか?地域的な偏りがないようアメリカ全土の循環器専門動物病院88機関にデータの提供を依頼し、うち14の病院から計68,297件のデータを受け取ることができました。これらのデータの2011年から2019年にかけての件数の推移を分析したところ、発症数は増えも減りもしていない横ばい状態でフードの売上との関連は示されませんでした。

この結果について研究者は「データ収集に限界はあるものの、穀物フリーまたは豆を多く使ったフードを与えられている犬が激増しているにも関わらず拡張型心筋症の発症数は横ばいであった。これらのフードと疾患に関連があるという証拠は見つからなかった」と結論づけています。

私自身が2018年からこの穀物フリーフードの件を見てきた範囲では、穀物フリーフードと心臓病の関連を取り沙汰しているのはアメリカだけです。イギリスやオーストラリアでは全国の動物病院のデータを一括管理して怪我や疾患の統計を取るシステムがありますが、拡張型心筋症が増えているというニュースは見聞きしたことがありません。(私が知っている範囲では、ですが)穀物を使わず豆を多く使っているフードはイギリスでもオーストラリアでも、その他の国々でも多く製造販売されています。

拡張型心筋症というのは複雑な病気で、今のところ最も研究されているのは遺伝による要素です。食物による関連も無いとは言えませんが「市販の穀物フリーフードが疾患を引き起こす!」と言えるほど単純なものではありません。

そもそも市販の穀物フリーフードの原材料も処方も千差万別で一括りにできるものではないですしね。

今や時代は移り変わって、気候変動や戦争の影響で食材の確保が2010年代とは比較にならないほど厳しくなっています。世相としては「穀物フリーフードが云々」と悠長なことを言っている場合ではないという空気です。

植物性のフードが犬や猫の健康に影響するのかどうか?代替食として昆虫や外来種の魚などはどうなのか?と言った問題の方が重要とも言えます。

フードの原材料についてはSMILESブログで、アメリカを中心にしたフードを取り巻く環境についてはこのブログでまた紹介して参ります。

(筆が遅いのは許して😖🙏)








2022/01/29

宗教と動物福祉の関係

今回は全然アメリカの犬の話ではないのですが、以前にdog actuallyに似たテーマの記事を書いたことがあったので、このブログに書くことにしました。
そう言えば、このブログはdog actuallyの記事を再掲するというのが当初の目的でしたわね😜



 
Thomas B.によるPixabayからの画像 
2014年にdog actuallyに書いたのは『犬にも魂があり天国への扉が開かれている?』というタイトルでした。↓これがその時の書き出しの文章。
ニューヨークタイムス紙に「犬も天国に行ける?ローマ教皇フランシスコが天国への門を開いた」という見出しの記事が掲載されました。この記事はその後訂正されて、ローマ教皇はそのような旨の発言はしていなかったことがわかったのですが、オリジナルと訂正記事の両方が主要報道機関によって大きく取り上げられ話題になりました。

カトリック教会においては、動物には魂がない〜つまり死によって存在が消滅するので天国に行くこともないという考え方なのですが「フランシスコ教皇はその考えを覆したのか!?」「いや、誤報だった...。」という話でした。 


ローマ教皇が動物について発言したこと

そして今回書くのは、2022年1月上旬に世界のあちこちで大炎上となったローマ教皇の発言と、そこから考えたいこと。

フランシスコ教皇はバチカンで一般の聴衆と「親と子の関係」についての対話をしていた際に、多くの先進国で出生率の低下が続いていることを受けて「子どもを持たないことを選択し、代わりにペットの動物を飼うことは利己的な行動である」と述べました。

「身体的な理由で子どもを産むことができない場合には養子縁組を考えるべきだ」とも発言して、子どもの支援団体や動物保護団体そして一般の人々からも非難轟々となったわけですね。

どうして子どもの代わりに犬や猫を愛することが利己的なのかと言うと、犬や猫といった動物は神によって人間を愛するよう(または人間の役に立つように)プログラムされており、そのようにプログラムされている者の世話をして愛情を注ぐのは簡単なことだから、だそうです。対して人間の子どもを育てることはもっと複雑で責任を伴うことであると、教皇は述べています。

「非難轟々」の内容には皆さんが想像されるような意見がたくさん詰まっています。また子どもを育てることが複雑で責任を伴うことであるからこそ望まない人に強要するべきではないという批判も多く寄せられました。

カトリックの教えと社会の中の動物の位置

カトリック教会はキリスト教最大の教派で、その最高位の人物がなぜ動物について上記のような発言をするのか。それはカトリックの教えの中での動物の扱い、社会の中で動物が置かれてきた位置、社会と教会の関係性と複雑に絡み合っています。

過去の記事にも書いたように、カトリックの教えでは動物には魂がないということになっています。それだけでなく、19世紀後半くらいまで動物は感情や感覚を持たない車輪や機械と同じものだとされていました。これらは聖書に書かれていることではなくカトリックの教義の一部です。

↓ここからは私が推測したり考えたりしたことなので、全部が歴史的に正しいかどうかは不明です。

カトリックの教義では、意識や感情つまり魂のあるものは愛情と敬意を持って扱わなくてはならない、また魂を持つ者には天国の扉が開かれていることになっています。
動物には魂がないと言い切る理由を考えると、動物にまで天国の扉を開くと自分達の分の天国行きチケットが少なくなるとでも思ったのか?と感じます。

多分、使役動物である馬や犬を人道的に扱うことにコストをかけるよりも、使役動物は痛いとか辛いといった感覚すらないからどのように扱っても構わないと考える方が経済性利便性の上で都合が良かったからではないかと思います。

教会と経済性という組み合わせに違和感があるかもしれませんが、西欧社会における教会の権力は強大であったため、社会的及び経済的な強者とのつながりは強固でした。

世界史の授業で『マルティン・ルターの宗教改革』というのを習いましたよね?あれは聖書の教えよりも教会にとって都合の良い教義を使うことで金儲けに傾倒して腐敗したカトリック教会を内部から改革しようという16世紀に起きた動きでした。16世紀の時点でカトリック教会にはこのような体質が根付いていたことが分かります。

ルターの宗教改革は、彼が当初計画したような改革ではなく、プロテスタントという新しい教派を生むことにつながりました。カトリック教会においては動物についての教義は変わることなくそのまま残っていきました。

そして時代は流れ19世紀、プロテスタントはイギリスに到達し1824年には世界で最初の動物虐待防止協会が設立されました。(イギリスにおけるカトリック教会とその後の分離の流れはこれまた複雑かつ非常に面白いのですが、ここでは関係ないので割愛)

ローマンカトリックのお膝元であるイタリアにもこの「動物虐待を止めよう」という動きがやって来たのですが、1846年から1878年在位のローマ教皇ピウス9世はイタリアに動物虐待防止協会を設立することを阻止するための激しいキャンペーンを主導しました。動物は感覚や感情を持たない魂のない存在であるから虐待などというものは存在しないというわけです。

さらに時は流れ、20世紀後半の1990年には時のローマ教皇ヨハネパウロ2世が「動物にも魂があり、人間は小さき兄弟に愛と連帯を持たなくてはなりません。すべての動物は聖霊の創造によって産まれたもので人間と同じように神の近くにいる存在です。」と発言されています。

ようやく変化が訪れたかと思われたものの、その後、前教皇のベネディクト16世と現教皇によって、動物は再び「人間と違って魂を持たない存在」であるとされています。しかし流石に「感情や感覚のない機械と同じもの」という扱いではなくなっています。

上記の「非難轟々発言」の中でフランシス教皇が言及した「犬や猫は人間を愛するようにプログラムされている」という言葉には、このような歴史が積み重ねられているわけです。


宗教が社会に、社会が動物福祉に及ぼす影響

カトリックの信者の人々にとってバチカンや教皇の言葉は非常に大きな意味を持ちます。カトリックの国の動物についての考え方や扱いにもその影響は色濃く現れています。

世界最初の動物虐待防止協会ができたのがイギリスであったように、動物保護や動物福祉といった考え方はプロテスタントの国が主導してきた傾向が強いです。「動物には感情や感覚がない」と繰り返し説かれて来た社会で動物を保護しようという考えが自然と生まれて来るとは思えないですもんね。

またカトリックにとって重要なのは教会の教義であったのに対して、プロテスタントにとって重要なのは聖書の教えそのものでした。プロテスタントが広まった国では聖書を読むために識字率が上がり、市場経済が発展しやすい下地となりました。これもまた間接的に動物保護や福祉という考えの発生につながっています。経済的な余裕がなくては動物に意識を向けることは難しいでしょうから。

決してカトリック教会を批判しているわけでも、カトリックに悪い感情を持っているわけでもないですよ。プロテスタントも為政者の都合の良いように解釈され利用されてきた面もあるし、キリスト教だけでなく仏教にも権力との結びつきや民衆を抑えるために使われてきた歴史があるのはご存知の通り。多分他の宗教においても大差はないと思います。

多くの日本人にとっての宗教は、ベースに神道と仏教があるけれどその存在を意識するのは初詣や冠婚葬祭といった特別な場面だけでしょう。しかし日常生活に仏教が深く根付いている国では動物に施しを与えることが功徳になるという考え方もあります。タイなどで野良犬が地元の人にごはんをもらって共存しているのはその一例かもしれません。

その一方で仏教の教えが動物を傷つけている場合もあるようです。タイ在住の犬の写真家の方がTwitter(@inu_grapherに書いていらしたのを読んで知ったことですが、動物に施しを与えて徳を積むために、カゴに入れて売られている小鳥を買って放してやるという習慣があるそうです。小鳥はそのためだけに捕らえられた野鳥で、小さいカゴに入れられて脱水症状で命を落としてしまうこともあるらしい。

その他の宗教についてはほとんど知識がないけれど、特定の動物を不浄とする宗教もいくつかありますよね。何が言いたいかというと、カトリックに限らず宗教は世界中の人の日常生活に大きく影響しているのだから、人間のそばにいる動物の福祉にも影響が深いのは当たり前だということです。


現代人として考えなくてはいけないこと

ところで昨秋、フランスでは2024年からペットショップで犬や猫を販売することが禁止になるという報道がありました。SNSなどで「さすがはヨーロッパ」とか「日本も見習わなくては」というコメントをたくさん目にしてちょっと複雑な気持ちになっていました。

フランスもカトリックの割合が高い国です。そして西欧諸国の中では動物福祉への意識があまり払われていないことはよく知られて来ました。数週間のバカンスに出かけるためにペットを捨てたり、バカンス先に置き去りにして来るという行動が多いことで批判されて来た過去もあります。とは言え、良い方向への変化は大歓迎です。

フランスでは離婚の際にペットをどちらが引き取るかという法的な裁判の際に、ペットを物品としてではなく「感覚や感情を持った生き物」として扱うという法改正も決定しています。同様の法改正はポルトガルやスペインでも進められています。フランスもポルトガルもスペインもカトリックの国ですから、ペットを「感覚や感情を持った生き物」と法律で定義するのは画期的なことです。

スペインは闘牛に代表されるように動物福祉については悪名高い国ではあるのですが、上記のような変化も出て来ています。

なぜこのような変化が起きつつあるのか?それは法律という重大な決定をする際に、日常生活に入り込んだ宗教や習慣よりも科学的な知見が重要であると認識されたからです。犬だけに限らず、動物の認知機能や感覚についての研究は21世紀に入って大きく進歩しています。

科学によって証明されたことが立法にも影響を及ぼした、他国のこの流れを知っておくことは大切です。(2017年から4年間のトランプ政権下のアメリカでは科学によって証明されたことがないがしろにされ続け、それが今も尾を引いていますが😣)

私は宗教を否定するつもりは全くありません。信仰は時に人を助け、精神的なサポートになるものです。また一般の人間が科学論文を読んで考えようと言っているわけでもありません。しかし他の命ある生き物と関わる際には、宗教や因習に捉われるよりも科学的に裏付けのある情報や方法を選ぶよう考えなくてはいけない、そう思います。

ローマ教皇の発言に端を発して、カトリックの国における動物の扱いの歴史や文化について長々と書いてきました。

動物福祉というキーワードからも、世界史、経済、心理学などさまざまな分野の学習にリンクしていくことができます。ここに書いたことがどなたかの興味のスタートになったりすると嬉しいなと思います。





《参考URL》

2021/08/29

グレインフリーフードと心臓病に関する新しい論文

                               Image by Daniel Dan outsideclick from Pixabay


皆さま覚えていらっしゃるでしょうか。グレインフリー(穀物不使用)のドッグフードが犬の拡張型心筋症と関連があるかもしれないという報道と、それに対して私がよく腹を立てていたことを。


 2018年にアメリカ食品医薬品局(以下FDAと表記)が犬の拡張型心筋症(以下DCM)の増加と豆類、ポテト類を使ったグレインフリーフードに関連があるかもしれないという発表を行い、大きな話題になりました。

ブログ記事 FDA警告とグレインフリーフードと心臓病


同じ件に関して翌年2019年にはFDAが具体的なブランド名を発表して、賛否両論を巻き起こしました。

ブログ記事 FDAからの情報更新、グレインフリーフードと心臓病


警告だとかブランド名発表などで消費者を大きく不安にさせたにも関わらず、グレインフリーフードとDCMの関連を示す証拠は何もなく、発表の根拠となった症例も524件と非常に少ないものでした。(その後、追加の報告で約1100件になっている)

そして2021年8月、この件に関してアメリカのタフツ大学獣医学部の研究チームによるリサーチ結果が発表されました。

https://www.nature.com/articles/s41598-021-94464-2

2019年の発表の際に犬のDCMに関連する可能性が指摘されたブランドのフードについて、従来の調査方法ではこれらのフードと病気の関連性が説明できませんでした。今回はメタボロミクスを応用した分析方法で以前に名指しされたブランド9種と比較のための他ブランド9種が調査されました。

ブログタイトルはグレインフリーフードと書きましたが、今回の報告ではグレインフリーは問題となっていません。豆類、ジャガイモ、スイートポテトを焦点にしています。


2つのグループのフードをメタボロミクス分析

                               Image by Sue Lee from Pixabay 


2019年のFDAの発表では、DCM診断と報告された犬が食べていたフードを調べ10頭以上の症例があった16種のブランドが公表されました。今回はその中から9種が選ばれ分析の対象となりました。
選択の基準はフードの原材料上位20種の中に豆類、ジャガイモ、スイートポテトを含んでいることでした。このグループを便宜上「豆&イモグループ」と呼びます。
比較のための対照グループはこの条件に該当しない9種のフードが選ばれました。どちらのグループのフードも具体的なブランドや商品名は発表されていません。

これらのフードの分析はメタボロミクス(メタボローム解析)の手法で行われました。メタボロミクスというのは元々は医学や生命科学の分野で用いられており、対象となる生体に含まれる代謝物を包括的に解析することで生命現象を理解するための学問領域です。
近年、この方法は食品中の生化学的化合物を分析するのにも使われています。(例えば、加工食品の原材料となる野菜や卵などをメタボロミクス分析して、そこに含まれる化合物を特定して一定の数値のものだけを使用することで安定した品質を追求するためなどです。)

このようにして2グループ18種のドッグフードに含まれる830種類の生化学的化合物が特定され比較されました。

研究者の結論とFDAの見解

2グループのフードの生化学的化合物を比較したところ、豆&イモグループで濃度が有意に高かった化合物88種、豆&イモグループで濃度が有意に低かった化合物23種が特定されました。濃度の高い化合物の中で最大のカテゴリーはアミノ酸関連化合物と生体異物/植物化合物でした。濃度の低い化合物の最大のカテゴリーはビタミンB群でした。

豆&イモグループで濃度の高かったアミノ酸関連化合物は心臓組織へのカルニチンの利用に影響を与える可能性が指摘されています。
また濃度の低かったビタミンB群はタウリンとカルニチン合成に必要なものです。

タウリンもカルニチンも心筋の収縮に必要な栄養素で、心疾患のある犬では不足しがちです。

そして豆&イモグループで濃度の高かった化合物はエンドウ豆との関連が示されていると研究者は述べています。
というわけで、まだ仮説の段階で証明はできないがエンドウ豆は「パズルの1ピースだ」という表現がされています。

アメリカ食品医薬品局(FDA)はこの報告に対して「エンドウ豆も他の豆類も長年に渡ってペットフード に使われてきたので、本質的に危険だという証拠はない。今のところエンドウ豆の使用禁止は検討していない」と回答しています。

またFDAはDCMの症例として報告された件数は1,100件と発表しており、グレインフリーではないフードを食べている犬も含まれていると述べています。

引っかかる点

なるほど、確かにメタボロミクスで分析して特定した化合物がカルニチンの利用に影響があり、その化合物はエンドウ豆と関連していると言われたら、エンドウ豆のせいだろうか?と思わなくもない......。

しかし、豆&イモグループのビタミンB群が少ないというのは理解に苦しむところです。ドッグフードに添加されるビタミン類はあらかじめ配合されたものが使われており、AAFCOの基準に沿っているためどの会社も大差はないはず。論文の中ではビタミンB群は熱に弱いので添加のタイミングで破壊されることもあるのかもしれないと書かれていますが、それなら比較対照グループでも同じようなことが起こるはずでは?対照グループのフードはどんなものを使ったのだろうか?

そして以前からずっと指摘されていることですが、とにかく症例が少ない。

例えばイギリスでは王立獣医科大学がVeterinary Companion Animal Surveillance System(獣医学コンパニオンアニマル監視システム、頭文字をとってVetCompassと呼ばれている)という非営利研究プロジェクトを運営しています。
これはイギリス国内の一般の動物病院で診察を受けた際のデータが全て集められてコンピューターに記録され匿名化されて各種研究に使われます。イギリスで犬の怪我や疾患を調査する際には必ずと言っていいほどVetCompassのデータが使われます。何しろデータの数が圧倒的です。
1年間に診察を受けた犬の総数が分母になるため、何十万頭という数の中から有病率などを割り出します。

何もこれを真似しようというわけではありません。外国では特定の病気について調査する時にこれだけのデータを使っているという一例です。
一方アメリカ全国の犬の登録数は7500万頭いると言うのに、大学病院や循環器専門医からFDAに報告があった症例1,100件での研究は「それでいいのか?」という気がします。

そして最大の引っかかりは、2019年の記事にも書きましたがこの研究を行ったタフツ大学獣医学部にはネスレピュリナ社が出資して建設した研究所があり、大学とピュリナが共同で運営しているという点です。

再度書くけれど、商業製品の調査をするのに利害の絡むライバル社と関係のある研究施設にアメリカ食品医薬品局という公的な機関が協力を依頼するというのは倫理的におかしい。

とりあえず続報を待つことにしましょう。



《参考URL》

2021/04/21

ロサンゼルス市がNO KILLを達成





2021年3月、ロサンゼルス市は公式にNO KILLの街としての基準をクリアしました。これをもってLAは全米最大のNO KILLシティとなりました。(州全体ではデラウェア州だけがNO KILLを達成している)

NO KILLというのは日本でいう殺処分ゼロと混同されがちですが、違う部分が多いです。
NO KILLの基準は保護施設に入って来た動物のうち90%が譲渡、返還、民間団体での引き取りなどで生きて施設を出ていくことができるというものです。

「10%は殺処分が行われているならNO KILLじゃない!」という声が上がりそうですが、これは回復の見込みのない病気や怪我、リハビリが不可能な行動上の問題があり、安楽死が人道的と判断される動物の割合が過去の統計からだいたい10%くらいとされていることから設定された数字です。

つまりNO KILLというのは「譲渡可能な動物は殺処分にしない」という意味です。
この辺りの詳しいことは2016年にdog actuallyに掲載した記事に書いています。



NKLAついに達成


SMILESのブログやdog actually でも何度も取り上げてきたアメリカ屈指の大規模保護団体のベストフレンズアニマルソサエティはユタ州を本拠地としています。
そのベストフレンズがロサンゼルス市にも拠点を置き本格的に活動を始めたのは2012年のことでした。

LAを NO KILLの街にしようという意味を込めてNKLAというプロジェクトも同時にスタートしました。

これも2013年にdog actuallyに書いています。

NKLAプロジェクトを始める前、ロサンゼルス市では公営シェルターに持ち込まれた動物のうち約3分の1が殺処分となっていました。

2012年にベストフレンズがLAに進出して以来、2箇所のアニマルシェルター設立の他に、安価な避妊去勢クリニックの開設、LAの中小保護団体をネットワーク化して預かりボランティアや輸送ボランティアの情報共有、大規模な合同譲渡会などが行われてきました。

(これについてはLAで古くから活動している団体からの不満も多く耳にしました。譲渡の審査が甘いとか、譲渡の際に実費として受け取る料金が安過ぎるとか......。
でも一般市民の目から見ると、ショッピングモールのパーキングの端っこで小規模に行われている譲渡会でグッタリしている動物を見ることはほとんど無くなったし、ベストフレンズのシェルターは清潔でボランティアの人も知識が豊富で親切だし、保護動物を抱え過ぎて過密状態になっているシェルターの動物をネットワーク内で割り振ったりできるようになったし、明らかに改善したとしか言えないんだなあ...。)

......とこんな感じで公営シェルターでの殺処分は年々減っていました。
そして2020年のロサンゼルス市のアニマルコントロールの統計が今年の3月に発表。公営シェルターから生きて出て行くことができた動物は90.49%!NKLAがついに達成されました。


猫のTNRを巡るロサンゼルス市の闘い


Image by Doris Metternich from Pixabay 

ベストフレンズが進出してきた2012年以来、LAはNO KILL達成まであと少し!と毎年のように言われていました。犬はもう数年前からシェルターでの殺処分率は10%を切っていたそうですが、猫がなかなか15%を下回らずにいたそうです。その理由はロサンゼルスでは猫のTNRができなかったから。

TNRはTrap(捕獲) Neuter(避妊去勢) Return(元の場所に戻す)の略で、捕まえて処分するのではなく人道的に動物の数を減らして行く方法として世界中で実行されているものです。

このTNRがLAにおいては2009年以降禁止されていたそうです。
私がこの驚きの事実を知ったのは、LAがNO KILLを達成したというニュースの中で触れられていたからで、つまり禁止されている間全然知らなかったんですよ。

TNRなんて基本中の基本だと思っていたので「なんでそんなことに?」とびっくりしました。

2009年まで、LAでは民間団体主導で猫のTNRが行われており自治体は非公式にそれをバックアップしていたそうです。野良猫の数が減るのは自治体としても歓迎ですから反対する理由がないですね。

ところが2005年に野生動物の保護団体から「TNRは猫の数を減らすのに効果がないだけでなく、最終的に元いた場所に放すため野鳥や野生の小動物に悪影響である」と市を相手取って訴訟が提起されました。
この団体は猫のTNRが自然環境に及ぼす影響をまとめた報告書を提出する必要があると主張し、2009年に裁判官がこの見解を支持したため、LA市ではこの報告書が完成するまで猫のTNRに対して差し止め命令が出されました。

そこから11年にわたって法的、政治的な争いを経て、環境影響報告書がロサンゼルス市議会に提出されました。「TNRは野良猫の個体数を制御する最良の方法で、外を歩き回る猫の数が減ることで野生動物や環境に対してむしろ良い影響を与える」というその内容は市議会に全会一致で承認されました。
こうして、ようやく2020年12月にロサンゼルス市内で猫のTNRを実行したり指導したりできるようになりました。


子猫レスキューの限界で開いた扉


上に書いたように、ロサンゼルス市議会が報告書を承認したことで猫のTNRにGO!が出たのは2020年の12月です。つまり2020年は猫のTNRはまだ実施していなかった状態で公営シェルターでの殺処分率が10%を切ったということです。

これは殺処分される動物の3分の1が子猫で占められていたことから、NKLAネットワークで子猫に重点を置いたプログラムを作って実行していたせいです。

例えばベストフレンズでは公営シェルターから子猫を可能な限り引き取り、子猫授乳ボランティア、子猫預かりボランティアを大々的に募集して対応してきました。しかし蛇口の栓を閉めていない状態では毎年子猫たちが際限なく生まれてきて「もう限界」という状態になっていたそうです。

そんな「次の子猫の季節はどうすればいいのか?」という不安が生まれていた矢先のTNR再開、それに続くNO KILL達成のニュースにNKLA連合は湧き上がりました。



「殺処分ゼロ」に反射的に反応しないで


ロサンゼルス市で猫のTNRが差し止められていた10年の間に生まれてきてすぐに殺処分となってしまった動物のことを思うとやり場のない怒りがこみ上げてきますが、同時にこの命令を出した裁判官の責任の大きさも改めて実感します。

司法や行政の場では「動物福祉」という概念が存在していない場合もあります。残念ながら日本の地方行政の場では動物福祉の概念など無い所の方が多いように感じます。

自治体の行政は殺処分ゼロという数字を作り上げることにばかり力を入れて、実態は全く動物のためになっていない状況を作り出す。
行政を監視するはずの市民も「殺処分ゼロって素晴らしい!」と反射的に反応して、その先考えることをしないでいる。残念ながらこんな構図がたくさん目に付きます。

上にリンクを貼った過去記事でもTwitterなどでしつこくしつこく言い続けていますが、動物の福祉を考えない状態でケージに入れておくだけ、飼育放棄をしようとしている人に終生飼育が大切だからセンターでの引き取りはできませんと断るだけ、その結果自治体で殺処分を実行する数が減っても意味がありません。

鎖でつないで死なない程度にエサを与えるだけで一生飼い続けるくらいなら、飼育放棄して新しい飼い主を探す方が動物のためになります。

数値基準を定めて、安楽死に該当する基準も定められているNO KILLと殺処分ゼロは違う部分が多いと最初に書いたのはこういうことです。





NKLA(NO-KILL Los Angeles) を目指して

ロサンゼルス市がNO KILLシティになった!という記事を書くにあたって、先にこの2013年に書いた記事をアップしておこうと思います。

この写真のピットブルもこのシェルターで保護されている犬です。テーブル型のベッドは通気性が良く清潔に保ちやすくクッション性も優れているため、シェルターでの定番になっている印象です。





(以下dog actually 2013年10月7日掲載記事より)
10月はAdopt-A-Shelter-Dog Month(シェルターの犬を家族に迎えよう月間)です。それにちなんで、今日はロサンゼルスに出来た一番新しい私営アニマルシェルターの紹介をいたします。


このシェルターは、アメリカでも屈指の大きな動物保護団体BEST FRIENDS ANIMAL SOCIETYのロサンゼルス支部によって運営されています。ベストフレンズは2012年の4月に「NKLA=NO-KILL Los Angeles」のスローガンを打ち立てて、様々な活動を始めました。
 2017年までにロサンゼルス市を殺処分ゼロの街にするという目標を掲げて、動物の譲渡会や資金調達のためのイベント、避妊去勢手術の提供、条例改正のための活動などを精力的に行っており、その中でもNKLA運動の目玉とも言えるのが、8月にオープンしたNKLAペットアダプションセンターです。
ロサンゼルスでベストフレンズが運営するアニマルシェルターについては、2012年の2月にオープンしたベストフレンズペットアダプション/避妊手術センターのことを過去の記事で紹介したことがあります。去年オープンしたこの施設は、自治体の施設を保護団体の出資で運営するという新しい試みがなされ、その後も順調に続いています。
そして先日オープンしたNKLAアダプションセンターは、直接の管理運営はベストフレンズではあるけれど、ロサンゼルス市で活動する60以上の保護団体やレスキューグループとの協力で成り立っています。これらの団体は、パートナーという名で呼ばれています。
施設は持っていても規模が小さくて収容できる動物が少ない、動物の送迎や預かりボランティアの人数が少なくてうまく回らない、イベントを行っても集客力が小さいなど、小規模なレスキューグループの悩みは尽きません。そのような団体の情報を一括してまとめ、ボランティアのネットワークを繋ぎ合わせてそれぞれの負担を小さくし、保護活動を円滑に進めて行こうという方針で、アダプションセンターはその統括センターの役割も果たしています。

⇡犬エリアに入ると、さらにこのようにドアで仕切られた部屋に分かれており、1部屋に8つ程の犬舍が設けられている。ドアの隣に設置されているコンピューターにはパートナーの団体が保護している動物達の情報が収められており、シェルター内で気に入った動物がいなかった場合にも、その場で検索できるようになっている。建物全体に空気清浄設備が完備されていて、動物のニオイはほとんどと言っていいくらい感じられない。

このシェルターでは、犬60~90頭、猫35~65頭の収容が可能です。彼らは基本的には、パートナーの団体が預かりボランティアを見つけられなかったり施設がいっぱいで保護できなかったなどの理由でここに来た動物達です。
建物の中には動物達のための施設の他、引き取り希望者との面会室、ゆったりとしたロビー、動物関連の書籍やDVDを揃えたライブラリー、会議室や講義室が設けられ、パートナー団体の譲渡会やセミナーなどに活用されています。
シェルターの所在地はサンタモニカ大通りのすぐ近くでロサンゼルス市の中心地。ハイウェイの出口からも近く、人を集めるのに申し分のない立地です。


⇡小規模なグルーミングサロン程度のケア施設も完備しており、犬達は皆、清潔で綺麗にグルーミングされている。動物のケアをするのはボランティアのプロのトリマーさん達。犬舍内にはフレームタイプのベッド(クッション性・通気性に優れ、衛生的に保ち易い)と毛布、おもちゃが備えられている。犬のサイズや性質により、1犬舍に1頭の場合もあれば、2頭がルームシェアしている場合もある。私の訪問中にもボランティアの人達が入れ替わり立ち替わり出入りして、犬達を順番に散歩に連れ出していた。

ロサンゼルス市におけるシェルターの動物の殺処分率は、順調に減少しています。昨年12月には殺処分率が16%を切りました。この数字には怪我や病気で治療が不可能な動物の安楽死も含まれますので、NO-KILL LAは決して夢物語ではなく、実現可能な目標として射程距離内に入っています。
今年に入ってからも、殺処分率は少しずつながらも順調に減って来ています。これはシェルターへの動物の持ち込みが減って来たことと、シェルターの動物の譲渡率が高くなってきたことの両方の理由によります。シェルターへの持ち込みが減ったことは経済が回復基調になって来たことも関係するのですが、避妊去勢手術の提供が増えたことも大きな理由です。譲渡率のアップは言うに及ばず、ベストフレンズがロサンゼルスのホームレスアニマル達に及ぼしたインパクトは、本当に大きなものです。

《参考サイト》
http://nkla.org/

2021/04/18

シェルターへの犬の持ち込みに「待て!」をかけるプログラム

2014年に書いた記事です。
これは再掲載する予定はなかったんですよ。
だけど今日yahooニュースで「沖縄の那覇で初めて犬の殺処分ゼロ達成、引っ越しするが連れていけないなどの理由での引き取りは断っている」という記事を目にして怒り心頭になってツイートしたら「でも保健所に持ち込んで来た人を説得するってどうしたらいいんだろうね」というツイートも見かけたので「そう言えば、LAの介入プログラムをかいたことがある」と古い引き出しをゴソゴソするように引っ張り出してきた次第です。

この団体は今も2014年当時と同じように活動をしています。ただコロナ禍のせいでサウスLA周辺は以前にも増してひどいことになっており、ホームレスの人たちも激増、寄付金も集まりにくい状況になっていると思います。

明日わずかながらこの団体に寄付しよう。



(以下dog actually 2014年9月16日掲載記事より)


2013年4月、ロサンゼルス市の公営シェルターのひとつサウスLAシェルターにおいて、自治体の機関であるシェルターと、そこに動物を持ち込む市民の間に動物保護団体が介入する新しいプログラムが開始されました。どうにかして動物がシェルターに置いて行かれることを食い止め、動物と飼い主にとってのより良い選択がなされるようにと始まったこのプログラムの内容をご紹介します。

まず最初にサウスLAシェルター周辺の環境を説明いたしますと、このエリアは4世帯に1世帯の世帯収入が貧困と定義されるラインを下回っており、平均世帯収入もロサンゼルス市の他の地域に比べてたいへん低いものです。高等教育を受けた住民の割合は1割に満たず、犯罪率は低下傾向にあるとは言え多くの面で厳しいエリア、それがサウスLAです。
こういった環境ですから、シェルターに動物が持ち込まれる理由の多くが経済的な事情から来ています。また動物に避妊去勢手術を施さずに子犬や子猫が産まれてしまった、犬にトレーニングを受けさせたことがないという飼い主も主流です。

そのサウスLAの公営シェルターと非営利動物保護団体Downtown Dog Rescue(DDR)及びFound Animalsがパートナーとなって開始したのが、最初に述べた介入プログラムです。プログラムの運営の中心となっているのはアマンダ・カザレス氏。
プログラムに関わる非営利団体のメンバーの中で給与を受け取って働いているのは彼女ひとりで、その他はボランティアの人々によって実施されています。カザレス氏の給与はFound Animalsから支払われています。

カザレス氏はシェルターの入り口にブースを設けて、動物を持ち込んできた人々の話を聞きます。
持ち込まれる動物の大多数は犬で、その理由は「アパートの契約の更新時に犬を飼うなら追加の保証金を払うように言われたが経済的に困難」「犬が吠えたり、攻撃的になったりするのでこれ以上飼い続けられない」など様々です。
プログラムでは犬と飼い主が一緒に暮らし続ける事を第一の目標として問題の解決を目指します。

犬のためのアパートの保証金250ドルが支払えない高齢の飼い主のためには団体の基金から保証金が負担されました。経済的困難が原因で犬をシェルターに持ち込む飼い主のためには、他にリードやカラー、ドッグフードなどの提供が実施されており、これらは団体への寄付金でまかなわれています。
脱走を繰り返す犬や、外飼いで通りかかる人に攻撃的な犬のためには家の周りにフェンスを設置したり、丈夫な犬小屋を提供したりもします。
こうしてまずは犬が飼い主と一緒にいられるようにした上で、団体で定期的に行われている無料のドッグトレーニングのクラスに犬と飼い主に通ってもらい、なぜ問題行動が起きるのか、なぜ運動や社会化が必要なのかということを教育していきます。
トレーニングを行うのはプロのドッグトレーナー。このような時間と技術の寄付は一般的に広く行われています。

医療費が支払えないという理由でシェルターに持ち込まれる動物も多くいます。治療が可能で適切な処置さえすれば犬と飼い主が一緒に暮らせる場合には、同プログラムのパートナーになっている動物病院を紹介して、低料金や分割払いでの治療を提供しています。
高齢や重症で回復が望めないと医師が判断した場合には、病院で飼い主に見守られながらの安楽死の処置を無料で行います。
これら金銭的な援助が生じた場合、飼い主には出来る範囲の負担とシェルターや団体でのボランティア活動をお願いする場合もあります。

それでもどうしても飼い主が動物を手放さざるを得ない場合には、DDRとFound Animalsが新しい飼い主または一時預かりを見つけるまでの間の数日間だけでも動物を手元に置いてもらうよう交渉し、動物がシェルターに入ることなく新しい家庭に移動できるよう手を尽くします。

プログラムの開始当初は年間で400頭の動物のシェルター持ち込みを食い止める事が目標とされていました。しかし開始から1年後の成果は予想を大きく上回って、実に2,041頭の動物のシェルター持ち込みを食い止めることができたそうです。内訳は犬1,789頭、猫241頭、うさぎ11頭です。

プログラム開始後最初の数ヶ月は、動物の持ち込みを食い止めるという目標自体は順調に達成していったもののカザレス氏を始めスタッフへの負担も大きく、厳しい財政状態からポケットマネーの持ち出しもある状態でした。
しかしこの画期的なプログラムがロサンゼルスタイムスやハフィントンポストなどのメジャーなメディアで取り上げられ注目を集め始めると、寄付や協力の申し出が多く寄せられるようになりました。
一番大きなものではアメリカ動物虐待防止協会からの資金バックアップによるクリニックの開設です。これは低所得者向けに無料の避妊去勢手術やワクチン接種を提供するもので、外飼いや飼育放棄での無計画な繁殖や病気の蔓延を防ぐために大きな役割を果たします。
またDDRとFound AnimalsはNKLAのネットワーク(過去記事参照)にも参加しており、このネットワークによって里親や一時預かり、搬送ボランティアを見つける事がとても容易になりました。
現在サウスLAの介入プログラムでは、シェルターの入り口で待っているだけではなく、地域の戸別訪問を行って犬の問題行動に悩んでいる人に無料トレーニングの案内をしたり、飼い犬や飼い猫の出産を繰り返している人に無料クリニックの紹介を積極的に進めています。人々がシェルターへ足を向ける前に問題を解決していこうというわけです。

ただ単にシェルターへの持ち込みを拒否したり説得して動物を連れて帰ってもらうだけでは根本的な問題は解決しません。世話をしてもらえない状態で手元に置かれる動物にとっても悲劇ですし、酷い場合には引き取ってもらえないならと山や路上に捨てる例も多くあります。
このサウスLAシェルターの保護団体介入プログラムは具体的にどうすれば持ち込みを食い止める事ができるのかを示して見せることで、他の地域のシェルター運営にも大きく影響を与え同種のプログラムも開始されています。

今年の6月に集計されたロサンゼルス市のアニマルシェルターにおける過去1年の殺処分率は約25%(治療不能な病気や怪我のための安楽死を含む)、毎年順調に低下し続けています。この数字にサウスLAシェルター介入プログラムが果たした役割が小さくないことは確かです。

2021/03/23

ファーストドッグ の報道から学ぶこと

前回書き下ろした記事がバイデン大統領の犬たちのことで、今回もまたメイジャーとチャンプのことです。

そんなにファーストドッグ が好きなのか?と聞かれれば、好きです😉
特に13歳のジャーマンシェパードであるご長寿チャンプは私の個人的「推し」の犬の一頭です。


メイジャー事件の真相

さて、今回の話題はチャンプではなくメイジャーが主役です。上の写真の右側の若くて黒いジャーマンシェパードです。

3月の上旬に「大統領の犬メイジャーがシークレットサービスのエージェントに攻撃的に咬みつき、ホワイトハウスからデラウェアのバイデン家に送り返された」という報道がありました。
ええっ!と驚いたのですが、続報を聞くと大したことは無さそうな感じで、翌日ワシントンポスト紙に詳細が報道されました。

噛まれた(咬むじゃない。英語でいえばbiteではなくnip)のはホワイトハウスに新しく配置されたシークレットサービスのエージェント。ドアを開けたら知らない男性が立っていたのに驚いたメイジャーがエージェント氏の手を軽く噛んでしまった。医療ユニットが処置をし、皮膚が少し赤くなっていたが歯も刺さっていないし出血もないとのことでした。

後日、バイデン大統領就任後初のテレビでのロングインタビューでは最後の質問として「ところでメイジャーはホワイトハウスから離れています?」と聞かれていました。インタビュアーは犬小屋と言っているけれど、これはホワイトハウスのこと。

メイジャーとチャンプがホワイトハウスから追放されたという報道を受けてのことです。

動画では4:00のあたりからです。 


大統領は 「答えはYes。ほら、メイジャーは保護犬だったんだ。誰かを咬んだり牙を立てたりはしてないよ。今回のことは彼らの住まいとしてのホワイトハウスそのものが原因じゃないかと思う。何しろドアを開けるたびに黒いジャケットを着た男がそこにいるんだからね。」

ホワイトハウスを離れてデラウェアの自宅にいるのは、追放されたのではなくて大統領とファーストレディーがどちらも公務でしばらくホワイトハウスを離れるためで、メイジャーがトレーニングを受けていることも言及しています。


トレーニング以前に必要なこと


大統領の愛犬が誰かを噛んだ事件は以前にも数件あり、最近ではジョージWブッシュ大統領のスコティッシュテリアのバーニーがリポーターの手に怪我を負わせたことがありました。
これはリードを付けて散歩していたバーニーにリポーターが近づき、バーニーが「来るな!こっち来るな!」と全身で警告していたのを完全に無視して(と言うか、多分撫でたら仲良くなれるくらいに思っていた)頭を撫でようとしたからで、あれで犬が責められたら理不尽過ぎるというものでした。

小型犬のバーニーと違ってジャーマンシェパードのメイジャーは「噛んだ」という言葉のインパクトも大きくなります。理不尽だけどね。


メイジャーの報道を受けて、SNS上には膨大な数のリプやコメントが寄せられていましたが、目についたのは「メイジャーは訓練所に預けたほうがいい」というもの。

どうして犬のトレーニングというと「預ける」という発想が増えるんでしょうね。そもそも犬が噛む(または咬む)理由のほとんどは何か脅威を感じたから防御するためです。違う場所で訓練しても、いつも居る場所に原因があれば意味がないのにね。

ドッグトレーナーのヴィクトリア・スティルウェル氏はメイジャーの件について「トレーニングではなくて環境を整えることが重要」と述べています。

ホワイトハウスというあまりにも特異な環境に連れて来られて、飼い主は今までのようにいつも一緒にいることができない、知らない人が入れ替わり立ち替わりやって来る。2歳の犬が混乱してしまうのも無理はありません。

ヴィクトリアは、犬たちが過ごす環境を制限して(多分、エリアを決めて人間がそこに立ち入る際のルールを明確にするということ)犬にとって予測不能なことが極力起こらないようにすることを勧めています。

大統領自身が「ホワイトハウスそのものが原因だと思う」と述べているので、きっと適切な対策が取られることでしょう。

犬にトレーニングは必要ですが、それは犬の行動を押さえつけるためではなく、犬と人間双方が快適に暮らせるためのコミュニケーションを学ぶためです。
トレーニングは重要なツールではあるけれど万能ではない。トレーニングをすれば全ての問題が解決するわけではありません。

ヴィクトリアが言っている「トレーニング以前の問題として環境を整える」というのはホワイトハウスという特殊な環境だけでなく、全ての飼い主が心に留めておきたいことです。

犬が吠えてばかりいて困ると言いながら、道行く人が常に見える窓の側を犬の居場所にしているなどは典型的な「トレーニングの前に環境を」の例です。

アメリカ大統領の犬の生活からも、私たちが考えて参考にできることがたくさんあるという一例です。犬の行動の基礎をしっかり勉強して(ここ大事!)色々な事例と照らし合わせて「どうしてこんな行動をしたのだろう?」と推理するのは実益を兼ね備えた楽しい趣味になり得ますよ。





2020/12/22

意外な部分のカルチャーギャップ

ニコの遺灰を受け取って「そう言えばdog actuallyにペットの火葬の話を書いたことがあったなあ」と思い出していました。

5年前に書いたのと同じように、日本の火葬が羨ましい気持ちは今もあるのですが、アメリカのやり方でニコがきちんとケアしてもらったことで「全部をあるがままに受け入れる」という気持ちになっています。まさに記事の中で「うらやましい半面」として書いている通り。
自分のことは意外と良く分かっていたみたいで苦笑いです、


(Image by GeorgeB2 from Pixabay  )

以下dog actually 2015年8月5日掲載記事より)

ちょっと変な話題なのですが、よかったらお付き合いください。
アメリカに住んで犬と暮らしていると、公園やドッグパークが広いことなど恵まれた環境だなと思うことはあるのですが、私にとっては日本でペットと暮らしている皆さんが羨ましく仕方のないことがひとつ有ります。それは何かと言いますと『ペットの火葬』
日本の友人が愛犬を見送った時の話などを聞くと「焼きあがったお骨に黒くなった部分があって"ここが悪かったんですね"と斎場の人に説明してもらったよ。」とか「拾い上げる時に骨まで愛おしいと思ったんだ。」と言います。
ここアメリカでも亡くなったペットを火葬にすることは一般的なのですが、骨はサラサラの砂のような灰になりますし、遺骨を自らの手で壺に収めるというような習慣もありません。
祖父母をはじめとして近しい人を見送る時には「お骨上げ」も儀式の中に含まれるのが当たり前の文化で生まれ育った私としては、うちの犬たちはああいう形で見送ることはできないかもなあと思うと、日本で愛犬のお骨を拾った経験を話してくれる友人たちが単純に羨ましいのです。

アメリカでの火葬の場合は「遺骨」というよりも「遺灰」という形になるのですが、この扱いについては日本との大変な文化の違いに驚いたことがあります。
犬ではなくて人間の話、アメリカ人である家人の母が亡くなって荼毘に付した時のことです。日本のように火葬場まで遺族が行くことはなく、葬儀社の人が遺体を引き取っていきました。家人に「遺灰はいつ受け取りに行くの?」と聞いたら「宅配便で送ってくれるよ。」と答えられて「えーーーーーーっ!!!」と心底びっくり仰天したものです。遺灰は2~3日後に一応化粧箱(しかし紙製)に入れられて、普通の宅配便の段ボール箱で届きました。
渡米以来最大とも言えるくらいのカルチャーショックに「日本では遺骨の扱いは亡くなった人の身体と同じでもっともっと丁寧なんだよ。灰ではなくて骨として形が残るように焼いて、それを遺族が専用の箸で陶器の壺に入れて、特別な織物のカバーをかけて持ち帰るんだから。」と言うと、今度は家人の方が「えーーーーーーっ!!!」と目を丸くして驚いていました。「骨になった家族を見るなんて悲しいし、ましてやそれを自分で壺に入れるなんて怖い!」と。
言われてみれば、なるほど確かに怖いかもしれないなあとも思いましたが、なんというカルチャーギャップだろうかと改めて驚いたのでした。

我が家の犬たちも10歳と9歳になり、かつて一緒に遊んだ犬友達の訃報を聞くことも多くなりました。散歩に行った公園などで飼い主さんたちと情報交換をする時にもペットの火葬サービスの話題が出ることもあります。
たいていの動物病院では、ペットの亡骸を引き取って火葬サービスの仲介をしてくれます。私も動物病院の待合室にいる時に、亡くなった愛犬を毛布でくるんで火葬の依頼をしに来た飼い主さんを見たことがあります。(その時待合室にいた飼い主さんたちが、私も含めて全員うっすらと涙ぐんでいたことをよく覚えています。)動物病院ではなく、ペット専門の火葬サービスの会社に直接連絡をして亡骸を引き取りに来てもらうこともできます。当然ながらアメリカでも亡骸の扱いは皆とても丁重にして下さいますが、ペットの遺灰は宅配便で届けられることがほとんどです。
他の飼い主さんたちと火葬サービスの話をした折に、日本では火葬場で見送ることも遺骨を迎えることも葬儀の一部なんだと言うと皆がとても驚きます。家人に話した時はややショッキングだったようなので、お骨上げの話は飛ばすことにしているのですが、それでも皆が驚くので、やはりこのギャップは一般的なもののようです。
もちろん愛犬の遺灰は皆さん大切に扱われていますし、プロセスの違いに文化の違いを見たという話でどちらが良い悪いということではありません。見送ったペットを愛おしむ気持ちは国が変われど同じです。

ありがたいことに我が家の犬たちはまだ元気なので、私も先のことを思って憂うということはないのですが、先に書いたように、最後の最後まで見送ることができる日本のやり方を、やっぱり自分にはしっくり来るなあと思います。
葬儀や様々な儀式というのは、旅立った者のためというよりも残された者の心の整理のために行われる部分が大きいと私は思っています。やがては来るであろう心の整理が必要な時、慣れ親しんだ文化に沿って行うことができたらいいのになあという思いと、「その時はその時。自分なりのやり方で心に区切りをつけるしかないさ。」という思いが心の中にあるのです。
折しもお盆も近く「あの子の魂が戻って来るなあ。」と感じていらっしゃる方も多いかと思います。これもまたキリスト教とは大きな宗教観の違いを感じる部分ですね。

生まれ育った文化とは違う場所で、犬たちを通して改めて感じる違いやギャップ。普段はあまり考えることのない、こんな意外な部分にもあるんだよというお話でした。



従来の不妊化手術と性腺温存型不妊化手術を比較

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