2019/11/12

ヴィックトリー・ドッグたちのストーリー2

これはヤミ闘犬摘発に協力お願いのポスター。
ポスターの主であるのがThe Humane Societyであるのは皮肉だね。


前回から随分と間が空いてしまいました。

マイケル・ヴィックというNFLのスーパースターがいて、そのヴィックが幼馴染やいとこたちと、影でヤミ闘犬に手を出していて、成績の奮わない犬を残酷な方法で殺害していたこと。
2007年4月、それが明るみに出て、51匹のピットブルが保護されたというところまでをサラッと紹介しました。

2007年と言えば、我が家にはまだニコだけしかいなくて、私も犬を巡る社会問題などについて本当に無知でした。
それでもこのニュースは大スキャンダルとして連日報道されていたし「酷い話だなあ」とは思っていました。
でも後にThe Lost Dogsを読んだ時に、実態は報道されていたよりもずっと残酷で、犬たちに課せられていた負担は想像を絶する重さだったことを知りました。

51匹のピットブルたちの行方

4月25日の家宅捜索の際に保護された51匹のピットブルたちは「証拠物件」として扱われました。
ピットたちの体についた傷跡や生々しい怪我も全て「証拠」となります。
ですからヴィックの刑が確定するまで、証拠は厳しく「保管」されることになります。
(同時にビーグルやロットワイラーも保護されたのですが、この犬たちは闘犬には使われていなかったため普通の保護犬として扱われ、比較的早く新しい家族に譲渡されました。)

証拠物件である犬たちの所有権は、事件があった自治体のサリィ郡に移されました。
このような場合は公営シェルターでの保管が通常ですが、51匹という異例の数のため、犬たちは他の自治体のシェルターにも協力を頼み、6カ所に分けて預けられました。


サリィ郡のシェルターは本来の保管者であるにも関わらず、犬たちにとっては最も環境の悪い施設だったそうです。
このシェルターに預けられていた13匹の犬のうち2匹が、収監中に命を落としています。
原因などについての記録は残っておらず、真相は今もわからないままです。元々身体状態の良くない犬もいたので、そういうことがあっても不思議ではないのですが、せっかく助けの手が差し伸べられたところだったのに、楽しいことを何も知らないままこの世を去った2匹のことを思うと胸が締め付けられます。

その後、サリィ郡シェルターの犬たちは他の施設に移動となりました。
6カ所の施設に預けられた犬たちは、予定も計画もないままにシェルターの犬舎で過ごすことになり、その状態は9月上旬まで続きました。
施設によって、ボランティアなど人手が十分だったところもあれば、寝るところと食事を与えられるだけというところもあったようで、この数カ月は犬たちの精神状態に様々な影響を及ぼしたようです。

逮捕劇から判決までの人間たちの動き

犬たちが各シェルターの犬舎で無為な日々を過ごしていた数ヶ月の間、この事件に関連する人間たちの周囲にはめまぐるしい動きがありました。

ヴィックに先んじて逮捕された仲間は、有罪を認めると共にヴィックに関する証言も行い、それに伴ってヴィックも有罪判決を受けました。
但し、当時の法律では彼らが有罪となったのは違法な闘犬とそれにまつわる賭博などについてのみで、犬の殺害についてはカウントされませんでした。

ヴィックは所属していたチームを解雇され、ナイキなどのライセンス契約も打切りとなり、さらに犬たちのケアにかかる費用92万8千ドルの支払いが命じられました。
(後にヴィックは自己破産を申告しましたが、高級車や高級住宅地の自宅などの所有を理由に却下されています。)

ヴィックの弁護士は減刑ましてや無罪判決などという無理なことを求めれば、法廷で長期間争っているうちに身体的な選手生命が尽きてしまう、それよりも早期に罪を認めて服役し選手としての復帰を考えた方が良いという方針でした。

一方、ヴィック逮捕の立役者である地元保安官と政府機関の捜査官は、当初事件を管轄していたサリィ郡地方検事から嫌がらせとも言えるような仕打ちを受けていました。
地元出身のスタースポーツ選手を犯罪者とすることに対しての風当たりは、他の地域では想像もできないほど強いものだったようです。

この事態を重く見た保安官と捜査官は、ヴィックの裁判に先んじて事件の管轄をサリィ郡地方検事局ではなく米国連邦地区検事局に移すよう尽力しました。
ヴィック贔屓の色が濃かった地方検事とは違い、新しい管轄となった連邦検事は事件に関わった全ての被告に実刑を科すべきだと考えていました。
2007年8月27日にヴィックに下された判決は心情的には決して十分だとは思えない2年弱の懲役でしたが、当時の法律の範囲では上出来と言えるものでした。

犬たちの処遇を巡って動いた人々

捜索から判決までの間に、様々な人々が様々な活動をしていました。
中でも重要な役割を果たしたのは動物法医学者のメリンダ・マーック博士でした。彼女は殺害された犬たちの検視を手がけました。残念ながら犬の殺害の件については起訴されなかったのですが、検視の結果と目撃者の証言が一致したことは被告たちの有罪判決に大きく貢献しました。
(マーック博士については、dog actuallyで記事にしたことがあります。

さて事件の管轄が連邦検事局になったことから、犬たちの所有権もサリィ郡からアメリカ政府へと移りました。
しかし闘犬の裁判が連邦検事局の管轄となった前例は無く、裁判後の犬たちの処遇をどうするべきか頭を悩ませた連邦検事はマーック博士に相談を持ちかけました。博士がアメリカ動物虐待防止協会(以下ASPCA)の所属であったことから、同協会の動物行動学者のトップであるザウィストウスキー博士が紹介されました。
Dr.Zの愛称で呼ばれる博士は、まずは49匹の犬の査定をしようと引き受けました。

処遇に頭を悩ませると言うことは、この連邦検事マイク・ギル氏の頭には犬たちを無条件に殺処分にするという選択は無かったんですね。

当時、闘犬に使われたことのある犬は社会に出すには危険すぎるという理由で、証拠としての役目を終えた後は殺処分にするのが通例でした。
しかし2007年の春から夏にかけてこの事件が報道され続けたせいで、犬たちの存在は多くの市民や動物保護団体に知られており、全米から多くの嘆願書が連邦検事局に届いていたそうです。

中でも群を抜いて熱心に働きかけたのが、北カリフォルニアのオークランド市で活動しているピットブルのレスキューグループBADRAPの主宰ドナ・レイノルズ氏でした。
彼女は犬たちの命を助けてくれというだけでなく、BADRAPがピットブルのレスキューに費やした実績を資料として提出し、犬たちのリハビリに参加させて欲しいというものでした。ギル検事の元に届いた資料は手紙と言うより、小包というボリュームだったそうです。

一方対照的に、犬たちは全頭殺処分にするべきだと主張した団体もありました。
その1つはASPCAと双璧を成すアメリカ最大の動物保護団体The Humane Societyでした。

同団体の代表は「マイケル・ヴィックの犬たちは全米で最も攻撃的で獰猛なピットブルです。この国にはもっと大人しくて良い家庭犬の候補となるピットブルがたくさんいる。そんな犬でさえ譲渡先が見つからず殺処分になることもあるのです。私たちはヴィックの犬は全頭殺処分にすることを強く勧めます。」と声明を出しました。
😡😡😡😡😡

もう1つ、過激な行動で知られる団体PETAは裁判所の周辺でヴィックの酷い所業をアピールするデモを行いながら、犬たちは全頭殺処分にするべきだという主張をしていました。
広報担当者のコメントは「闘犬に使用された犬にはリハビリテーションという選択肢はあり得ません。彼らは殺処分にすることが最も人道的な選択だと考えます。」というものでした。
PETAという団体は譲渡やリハビリと言った活動は一切していないにも関わらず、何を根拠に殺処分を推すのか全く分かりません。
😡😡😡😡😡😡😡

The Humane Societyはこの声明に対して批判を受けたのか、この1年ほど後には闘犬の現場から保護された犬に関する方針を変更しました。
適切な査定の後にリハビリテーションを行い、家庭犬として最適と認められれば譲渡対象とするというものです。
同団体については、かなり後になりますがまたその活動について取り上げたいと思います。
PETAは全く変わっていません。ヴィックの犬たちのその後の活躍についても口を閉ざしたままです。
😡😡😡😡😡😡😡😡😡

たとえ数匹だけでも助けられるなら...

連邦検事は闘犬についても保護犬のリハビリについても、全く知識は持っていませんでした。
しかしこれだけ世間の注目を集めた犬たちを人道的に扱うことで、今後似たような状況で保護された犬たちの扱いを変えるターニングポイントになれるのではないかと考えていました。

49匹のうちの数匹、たとえ1匹だけでも殺処分を免れることができれば万歳だと思っていたそうです。

そして9月上旬、犬たちがいるバージニア州にASPCAのDr.Zと行動評価チームがやって来ました。
チームのメンバーは10名、うち6名がASPCAに所属する動物行動学者、そして2名はBADRAPのドナ・レイノルズ氏と彼女のパートナーでBADRAP設立者のひとりティム・レイサー氏でした。

このメンバーが犬たちがいるシェルターを訪ねて、1匹1匹査定をしていきました。
行動評価の様子と結果は次回に詳しく紹介します。


この動画はこの秋スタートのスポーツドキュメンタリー番組の予告編です。
どうやらマイケル・ヴィックの事件が取り上げられるようで、取材者がヴィックの犬舎があった場所を訪れています。
取材されているのは、49匹の犬の1匹だったチェリーを家族に迎えたご一家と、ヴィックの捜査に当たった政府機関のノール捜査官です。


次回は犬たちの査定と、何匹かの犬について書こうと思います。
その後はそれぞれの犬がたどった軌跡をご紹介していく予定です。

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